第66話「近いのに、遠い」
六年生。
時間はない。
研究室。
臨床実習。
国家試験の勉強。
気づけば、休む時間が消えていた。
(……忙しすぎる)
それでも。
たまたま、レオとラーナは臨床実習で同じ班になった。
(……最悪でも、最高でもある)
でも。
話す時間は、ほとんどない。
現場。
走る。
記録。
説明。
すれ違うだけ。
でも。
近い。
(……触れたい)
レオだけが、そう思っている。
⸻
ふとした隙間。
廊下。
誰もいない一瞬。
レオの指が、ラーナの手に触れる。
「……やめて」
即。
冷静な声。
(……仕事中か)
「冷たい」
レオが少し不満そうに言う。
「普通」
「普通じゃない」
一拍。
「集中したいから、お願い」
ラーナは視線を外さずに言う。
(……そうなるよな)
レオは手を引いた。
「……わかった」
短く。
でも、少しだけ不貞腐れてる。
⸻
夜。
限界の静けさ。
それぞれ課題。
記録。
復習。
会話はほぼない。
ただ同じ空間にいるだけ。
(……これでいいのか)
レオは一瞬だけラーナを見る。
ラーナは集中してる。
(……遠い)
でも。
それ以上は言わない。
⸻
ベッド。
入るタイミングは別々。
でも。
ふと。
目が合う。
(……今しかない)
レオが、ラーナを引き寄せる。
「……やっぱ」
「同棲しててよかった」
ラーナは少しだけ間を置く。
「……うん」
「……あとさ」
「一緒のベッドでよかったでしょ」
「……うん」
小さく。
レオが少しだけ笑う。
(……これでいい)
その夜だけは。
少しだけ呼吸が戻る。
⸻
翌日。
現場。
レオは完全に仕事モードだった。
迷いがない。
動きが早い。
(……かっこいい)
ラーナの方が、一瞬だけ乱れる。
「ラーナ、大丈夫?」
同じチームの医師が声をかける。
「……大丈夫です」
即答。
気合いを入れる。
(……今は仕事)
⸻
夜。
やっと終わる。
久しぶりに二人の時間。
「今日、大丈夫だった?」
レオは普通に聞く。
「……一瞬だけダメになりそうだった」
「なにそれ」
「……レオのせい」
「は?」
即反応。
「どういうこと」
「……なんでもない」
逃げる。
レオが一歩近づく。
「いや、それ一番気になるやつ」
(……言えない)
ラーナは少し黙る。
でも。
「……仕事モードだったから」
小さく言う。
レオが止まる。
(……ああ)
すぐ察する。
少しだけ息を吐く。
「……それはずるいな」
低く。
ラーナが顔を上げる。
「なにが」
レオは笑わない。
そのまま一歩近づく。
「そりゃ崩れるわ」
静かに。
空気が変わる。
少しだけ、沈黙。
ラーナは視線を逸らす。
(……今の、ずるい)
「……なに」
レオが聞く。
「別に」
一拍。
「ほんとに?」
「ほんと」
即答。
でも少し遅い。
(分かりやすい)
レオが軽く息を吐く。
「……ラーナさ」
「仕事中、俺のこと見すぎ」
(……は?)
「見てない」
「見てた」
「見てない」
即否定。
レオが少し笑う。
「さっき、反応遅れた」
「……それは関係ない」
「あるでしょ」
一歩近づく。
「俺のせいでダメになりそうだったんでしょ」
(……ほんとに言う)
ラーナが黙る。
「……違う」
小さく。
でも弱い。
レオがそのまま止まる。
少しだけ目を細める。
「じゃあなに」
静かに詰める。
(……言えない)
ラーナは視線を落とす。
その沈黙が答え。
レオが小さく息を吐く。
「……ほんとさ」
「現場だと逃げないよね」
ラーナが顔を上げる。
「今も逃げてない」
「逃げてる」
「逃げてない」
いつものやつ。
でも今日は、空気が違う。
レオが少しだけ肩の力を抜く。
「……まあいいけど」
一拍。
「今は仕事優先」
そう言って、少しだけ距離を取る。
(……戻った)
ラーナはほんの少しだけ息をつく。
でも。
そのあと。
レオがぽつり。
「でもさ」
振り向かないまま。
「終わったら覚悟しといて」
(……は?)
ラーナが固まる。
「なにそれ」
「別に」
軽く。
「仕事中は触れないから」
一拍。
「その分」
「あとでちゃんと回収するだけ」
(……無理)
ラーナの耳が一気に熱くなる。
「……やめて」
小さい声。
レオは振り返らないまま。
「やめない」
それだけ。
何事もなかったように動き出す。
でも。
ラーナはしばらく動けなかった。




