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第65話「覚えてる?」

 翌朝。


 早い。


 まだ空気が冷たい時間。


 レオは先に家を出る。


 ラーナは、まだ寝てた。



(……覚えてるわけないよな)



 小さく息を吐く。


 ドアを閉める音だけが、やけに響いた。





 病院。


 忙しい。


 いつも通り。


 ……のはずなのに。



(……無理)



 ふとした瞬間に、思い出す。




『……レオいないと、つまんない』



『……待っててくれる?』



『……なにもしないの?』




(やめろ)



 カルテをめくる手が止まる。



(仕事しろ)



 無理やり戻す。


 でも。


 視界の端。


 ラーナ。


 普通に話してる。


 いつも通り。



(……だよな)



 そのとき。


 会話が耳に入る。



「昨日の飲み会楽しかったね」



 反射で、意識がそっちに向く。



(……聞くな)



 でも、無理。



「途中のあの話やばかったよね」


「ほんと笑った」



 内輪の空気。


 ラーナが、少しだけ笑う。



(……ああいうの、知らない)



 一瞬。


 胸の奥が、ざらつく。



(……別にいいだろ)



 わかってる。


 当たり前。


 でも。



(……なんか、嫌だな)



 そのまま会話は終わる。


 みんな、散っていく。


 ラーナも、何事もなかったみたいに仕事に戻る。



(……ほんとに覚えてないな)



 レオは小さく息を吐いた。





 夜。


 家。


 静か。


 ラーナはソファに座ってる。


 いつも通り。


 レオは少しだけ見て。



「……昨日さ」


「帰ってきた後のこと、覚えてる?」



「…………覚えてるよ」



(絶対覚えてない)



「ほんとに?」


「ほんと」



 視線、少しだけ逸れる。



(はい黒)



 レオが一歩近づく。



「……じゃあ言ってみて」


「……なにを」


「昨日、自分が何言ったか」



 ラーナが止まる。



(……やばい)



「……別に」


「別にじゃない」



 距離、詰まる。



「“なにもしないの?”って」



 ラーナの思考が止まる。



「……言ってない」


「言ってた」


「言ってない」


「言ってた」



 逃げ場がない。


 さらに一歩。



「“いいのに”って」


「……言ってない」


「言ってた」



 完全に詰む。


 ラーナが少しだけ顔を逸らす。



(……無理)



「……覚えてない」



 観念。


 レオが小さく笑う。



「でしょ」


 一拍。


「……責任とって」



 低く。


 ラーナが止まる。



「……なにそれ」


「煽ったでしょ、散々」



 距離、ゼロ。



「俺、昨日ずっと我慢してたんだけど」



 声、少しだけ落ちる。



(……やばい)



 ラーナの呼吸が浅くなる。



「……知らない」


「知って」



 即。


 手首、軽く掴まれる。



「今から」



 ラーナの思考が追いつかない。



「……レオ」


「なに」



 逃げ道、ない。


 でも。


 ラーナは、目を逸らさない。


 一瞬の沈黙。



「……別に」



 小さく。



「……いいけど」



(……まじか)



 レオの理性が一瞬で揺れる。


 次の瞬間。


 完全に崩れた。

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