第60話「比較にならない」
午後。
カンファレンス終わり。
人が少しずつ散っていく。
レオは資料をまとめながら、軽く息を吐いた。
「お疲れ」
声。
顔を上げる。
年上の女性医師。
落ち着いた雰囲気。
余裕のある笑み。
距離が、自然に近い。
(……あー)
なんとなく察する。
「レオくんさ」
「はい」
「今度一緒に飲み行かない?」
ストレート。
少しだけ周りの空気が変わる。
少し離れたところ。
ラーナがいる。
カルテを見ているふり。
でも。
(……聞こえてる)
レオは一拍だけ考えて。
即答する。
「すみません」
一拍。
「彼女いるんで」
あっさり。
迷いなし。
ラーナの指が、止まる。
女性医師は、少しだけ目を細める。
「そうなんだ」
興味が消えない。
「どんな子?」
(……そこまで聞く?)
レオが少しだけ息を吐く。
視線が、ほんの一瞬だけ動く。
——ラーナの方へ。
すぐ戻す。
「……俺には勿体無いくらい可愛いです」
静かに。
でも。
迷いなく。
ラーナの思考が止まる。
(……は?)
熱が一気に上がる。
顔。
多分。
(……赤い)
女性医師が、ふっと笑う。
「ふーん」
一拍。
「お幸せに」
あっさり引く。
空気が、軽くなる。
そのまま、去っていく。
静かになる。
レオは何事もなかったみたいに資料を閉じる。
ラーナは、動けない。
(……何それ)
(……何今の)
数秒遅れて。
レオが近くに来る。
抑えた声で。
「……聞いてた?」
「聞いてない」
即答。
「嘘」
「嘘じゃない」
目が合う。
ラーナ、逸らす。
(……無理)
レオが少しだけ笑う。
「顔赤いけど」
「違う」
即否定。
「何が」
「……別に」
ラーナが視線を戻さない。
レオが一歩近づく。
「……可愛いって言われるの嫌?」
ラーナが止まる。
「……外で言う必要ない」
正論。
でも。
声、少しだけ小さい。
「必要あったよ」
「なんで」
「ちゃんと断るため」
一拍。
「……あと」
少しだけ、声が落ちる。
「事実だし」
ラーナの思考が止まる。
(……無理)
何も言えない。
そのまま。
ラーナが、小さく服を掴む。
無意識に。
(……外)
はっとする。
離そうとする。
でも。
レオがそれを止める。
「……いいよ」
小さく。
「これくらいは」
ラーナが、少しだけ固まる。
(……ずるい)
でも。
離さない。
そのまま。
ほんの少しだけ。
距離が近いまま。
何事もなかったみたいに。
2人は、仕事に戻った。




