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第57話「白衣の距離」

 午後。


 病棟の廊下。


 ラーナはカルテを抱えながら歩いていた。


 次の指示を頭の中で整理する。


 患者の状態。


 検査値。


 優先順位。



(……よし)



 顔を上げる。


 その瞬間。


 視界の端に、白。


 反射的に、目がいく。


 ——レオ。


 白衣。


 ネームプレート。


 真剣な表情。


 医師と並んで、何かを話している。



(……)



 足が、ほんの少しだけ止まる。


 普段と、同じはずなのに。


 少しだけ、違う。



(……なんか)



 言語化できない。


 でも。


 目が離せない。


 レオが、ふと顔を上げる。


 目が合う。


 ラーナが、先に逸らす。



(……何見てんの)



 自分に突っ込む。


 そのまま、歩き出す。


 でも。



(……さっきの)



 頭に残る。


 横顔。


 声。


 距離。



(……いつもと同じなのに)



 なんか、違う。





 その日。


 妙に、集中が切れる。


 さっきの光景が、何度も浮かぶ。



(……意味わかんない)



 小さく息を吐く。





 夜。


 帰宅。


 ドアを開けると、すでにレオがいた。



「……おかえり」


「ただいま」



 いつも通り。


 でも。


 さっきの映像が、重なる。



(……無理)



 少しだけ、視線を逸らす。



「……ラーナ」


「なに」



 一拍。



「今日、俺のこと見てたでしょ」



 心臓が、跳ねる。



「見てない」



 即答。



「嘘」


「嘘じゃない」


「嘘」



 レオが、少しだけ近づく。


 距離が、詰まる。



「……目合った瞬間、逸らしたじゃん」


「……たまたま」


「たまたまじゃない」



 逃げ場がない。


 ラーナが、少しだけ眉を寄せる。



「……別に」


「何」


「……なんでもない」



 言えない。


 なんか、悔しい。


 そのまま。


 レオが、少しだけ視線を落とす。


 ふっと笑う。



「……俺は見てたよ」



 ラーナが止まる。



「……は?」


「ラーナのこと」



 即答。



「白衣姿」


 一拍。


「いいなと思って」



 思考が、止まる。



(……何それ)



 さっきまでの自分。


 全部、見透かされたみたいで。


 でも。


 それ以上に。


 言われた内容が。



(……無理)



 耳が、熱くなる。



「……別に普通でしょ」



 なんとか返す。



「普通じゃない」



 即答。



「普段と違う」


「同じだけど」


「違う」



 一歩。


 また近づく。



「……なんで」



 ラーナが、ぽつりと言う。



「なにが」


「……そう見えるの」



 レオが、少しだけ考える。



「……ちゃんと仕事してる顔してるから」


 一拍。


「あと」



 少しだけ、声が落ちる。



「触れられない距離だから」



(……なにそれ)



 意味、分かる。


 分かるから。


 余計に、無理。


 ラーナが、視線を逸らす。



「……レオも同じだった」



 小さく。



「何が」


「……なんか違った」



 正直。


 レオが、少しだけ止まる。



「……へえ」



 口元が、緩む。



「……何それ」


「いや」



 一歩。


 距離を詰める。



「じゃあ、おあいこじゃん」



 ラーナが、少しだけ固まる。


 逃げようとする。


 でも。


 止まる。


 レオが、軽く手を伸ばす。


 頬に、触れる。


 さっきまでできなかった距離。



「……今は触れるけど」



 低く。


 ラーナの呼吸が、少しだけ乱れる。



「……ラーナ」


「なに」


「今日、やけに静かだったよね」



(……バレてる)



 でも。


 否定できない。



「……知らない」



 小さく。


 でも。


 逃げない。


 レオが、少しだけ笑う。



「……かわいい」



(……無理)



 そのまま。


 距離が、また縮まる。


 今度は。


 ラーナも、逸らさなかった。

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