第56話「同じ場所にいるのに」
臨床実習が始まった。
朝が早い。
帰りも遅い。
配属も違う。
同じ家にいるのに。
時間だけが、合わない。
⸻
朝。
ラーナが目を開けると、レオはもう起きていた。
「……もう行くの」
「うん」
短い返事。
「……早い」
「そっちもでしょ」
支度をしながらの会話。
顔もちゃんと見てない。
一瞬。
ラーナが何か言いかける。
でも。
「……いってらっしゃい」
それだけ。
「いってきます」
ドアが閉まる。
静かになる。
(……今、触れればよかった)
でも。
(時間ない)
思考が切れる。
⸻
夜。
レオが帰る。
部屋の明かりはついている。
ラーナは机に向かっている。
「……ただいま」
「おかえり」
振り向かない。
「ご飯は?」
「食べた」
「そっか」
それで終わる。
会話が、続かない。
疲れている。
どっちも。
⸻
数日。
同じことの繰り返し。
朝、すれ違う。
夜、短く言葉を交わす。
同じベッド。
でも。
背中合わせ。
(……近いのに)
(……遠い)
ラーナが、少しだけ動く。
手を伸ばす。
触れる、寸前で止める。
(……起こすかも)
そのまま、引く。
目を閉じる。
⸻
別の日。
今度は、レオ。
ラーナはもう寝ている。
少しだけ、近づく。
手を伸ばす。
でも。
(……やめとくか)
止める。
そのまま、離れる。
触れないまま。
数日、過ぎる。
⸻
ある日。
珍しく、2人とも早かった。
リビング。
静か。
でも。
いつもより、余裕がある。
「……久しぶりに」
ラーナが、ぽつりと言う。
「ちゃんと会った気がする」
レオが少しだけ笑う。
「それな」
短い。
でも。
少しだけ、柔らかい空気。
沈黙。
でも、嫌じゃない。
「……レオ」
「なに」
一拍。
「……最近、触れてない」
レオの動きが止まる。
(……それ言う?)
でも。
顔は変えない。
「疲れてるだろ」
「……うん」
「だからやめてる」
「……知ってる」
即答。
分かってる。
ちゃんと。
だから。
何も言えなかった。
少しだけ、間。
ラーナが、動く。
ほんの少し。
距離を、詰める。
「……でも」
小さく。
「ちょっとくらいはいい」
レオの思考が止まる。
(……終わり)
ゆっくり。
手を伸ばす。
ラーナの腕を引く。
そのまま。
抱き寄せる。
久しぶりの距離。
体温。
(……やば)
思った以上に。
近い。
ラーナの手が、服を掴む。
無意識みたいに。
(……ほんとに無理)
レオの呼吸が、少しだけ乱れる。
「……ラーナ」
「なに」
「……これさ」
一拍。
「ちょっとじゃ済まないけど」
ラーナが、少しだけ顔を上げる。
「……いいよ」
即答。
(……無理)
その一言で。
完全に崩れる。
「……ほんと無理」
小さく呟いて。
そのまま。
距離が、ゼロになる。
止めてた分。
全部。
戻すみたいに。
触れる。
深くなる。
でも。
乱暴じゃない。
確かめるみたいに。
ラーナの指が、強くなる。
逃げない。
むしろ。
寄る。
レオが、小さく息を吐く。
「……やっぱ無理だった」
そのまま。
距離は、戻らなかった。




