第38話「知らない距離」
三年。
研究室配属が始まった。
レオとラーナは、別々。
仕方ない。
分かってる。
でも。
会う時間は、確実に減った。
⸻
講義も減って。
生活リズムもズレる。
前みたいに。
当たり前に隣にいる時間は、なくなった。
(……まあ、しょうがない)
そう思っていた。
最初は。
⸻
ある日。
研究棟の廊下。
レオは資料を取りに来ていた。
そのとき。
少し先に。
見慣れた背中。
ラーナ。
——と。
知らない男。
白衣。
一つ上。
距離が、近い。
何か話している。
ラーナが、口を開く。
珍しく。
自分から。
(……は?)
レオの足が、止まる。
ラーナは、あまり自分から話しかけない。
必要最低限。
それだけ。
なのに。
今。
明らかに、自分から話してる。
(……何それ)
少しだけ。
胸の奥がざわつく。
男が何か言う。
ラーナが、短く返す。
でも。
会話は続いている。
(……続くんだ)
それだけで。
妙に引っかかる。
ラーナが、少しだけ身を乗り出す。
資料を覗き込む。
距離が、近づく。
(……近い)
気づいた瞬間。
自分でも呆れる。
(……何やってんだ俺)
別に。
ただの研究の話。
分かってる。
でも。
目が離れない。
そのまま。
見てしまう。
⸻
ラーナが、少しだけ笑う。
ほんの一瞬。
でも。
確かに。
(……は?)
思考が止まる。
(……何それ)
自分には。
普通に見せる顔。
でも。
“あの距離”で見ると。
違って見える。
(……意味わかんない)
視線を外す。
無理やり。
(……別に)
関係ない。
そう思って。
その場を離れる。
でも。
頭から、離れない。
⸻
その後も。
何度か見かける。
同じ男。
同じ距離。
同じ空気。
ラーナは、変わらない。
淡々としてる。
でも。
会話は続いてる。
(……なんで)
自分の時と、何が違う。
分からない。
でも。
気になる。
⸻
連絡も、減った。
忙しいのは分かってる。
自分も同じ。
でも。
ふとした瞬間に思う。
(……あいつとは話してんのに)
そこで。
思考を止める。
(……だる)
自分で分かってる。
これ。
完全に。
——嫉妬。
⸻
数日後。
やっと、帰りが重なる。
校門。
ラーナがいる。
「……ラーナ」
「レオ」
いつも通り。
変わらない。
「……久しぶり」
「そうでもない」
即答。
(……そうか?)
少しだけ引っかかる。
一緒に歩く。
並ぶ。
距離は、いつも通り。
でも。
どこか、違う。
「……研究室どう」
レオが聞く。
「普通」
「そう」
短い。
いつも通り。
なのに。
足りない。
「……あのさ」
「なに」
少しだけ、迷う。
でも。
聞く。
「……最近、よく一緒にいるやついるよね」
ラーナが、少しだけ首を傾ける。
「誰」
(……覚えてないのかよ)
レオの眉がわずかに寄る。
「……同じ研究室の、先輩?」
「ああ」
あっさり。
「……話すよ」
「……なんで」
出る。
思ったより、低い声。
ラーナが少しだけ止まる。
「……研究の話」
「……それだけ?」
被せる。
一瞬。
沈黙。
「……それ以外ある?」
まっすぐ。
(……ないのは分かってる)
分かってる。
でも。
止まらない。
「……結構話してるよね」
「必要だから」
正論。
何も言えない。
でも。
消えない。
「……ふーん」
それだけ。
そこで止める。
これ以上言うと。
ただの面倒なやつになる。
分かってる。
沈黙。
数歩。
「……レオ」
「なに」
「なんか変」
(……バレるの早)
「……別に」
「別にじゃない」
即返し。
止まる。
ラーナが、こっちを見る。
「……なに」
まっすぐ。
逃げない。
レオが、少しだけ目を逸らす。
でも。
すぐ戻す。
「……別に」
一拍。
「……ちょっと気に入らないだけ」
「なにが」
「……あいつと話してんの」
そのまま。
言う。
一瞬。
空気が止まる。
ラーナの目が、少しだけ変わる。
理解する。
「……嫉妬?」
ぽつり。
「……そうだけど」
即答。
隠さない。
でも。
不機嫌。
ラーナが、少しだけ黙る。
それから。
ほんの少しだけ、近づく。
手が触れる。
「……レオ」
「なに」
「私、レオとしかこういう距離ならないけど」
一瞬。
思考が止まる。
「……は?」
「研究の話してるだけ」
淡々と。
「……それ以外ない」
間。
レオが、少しだけ息を吐く。
(……分かってる)
分かってる。
でも。
「……それでも嫌」
ぽつり。
ラーナが、少しだけ目を細める。
「……面倒」
「知ってる」
即。
でも。
そのまま。
手を取る。
指を絡める。
「……ちょっとだけ我慢して」
「……なんで」
「今、無理」
一拍。
「触んないともっと無理」
ラーナが、少しだけ止まる。
それから。
小さく息を吐く。
「……勝手」
「うん」
でも。
手は、離さない。
距離は、戻る。
むしろ。
少しだけ、強くなる。
知らない距離があった分だけ。
取り戻すみたいに。
近づいていった。




