第35話「触れない距離」
講義中。
静か。
ペンの音だけが、響いている。
レオは、ノートを取っている。
いつも通り。
手は動いてる。
視線も、黒板。
でも。
意識は、別のところにある。
前の席。
ラーナ。
距離、二列分。
物理的にも、はっきり遠い。
(……遠いな)
ぼんやり思う。
前は、隣だった。
少し手を伸ばせば、触れた。
何も考えなくても。
今は、違う。
触れない。
話せないわけじゃない。
でも。
触れない。
(……自分で言ったんだけどな)
距離置くって。
ちゃんと守るって。
分かってる。
必要なことだって。
でも。
(……こんなにか)
思ってたより。
きつい。
⸻
休み時間。
ラーナは、席から動かない。
ノートを見てる。
次の講義の準備。
周りがざわついても。
気にしてない。
(……ガチだな)
分かってたけど。
ここまでとは思ってなかった。
声、かけるか。
一瞬、迷う。
でも。
やめる。
(……邪魔すんなって顔してる)
実際はしてない。
でも。
そう見える。
距離があるだけで。
⸻
昼休み。
ラーナは、別の席でご飯を食べている。
女子たちと。
笑ってる。
普通に。
(……普通に笑うじゃん)
少しだけ、引っかかる。
自分とは距離置いてるのに。
他とは普通。
(……当たり前か)
分かってる。
分かってるけど。
面白くはない。
⸻
放課後。
ラーナは、すぐ帰る。
寄り道なし。
まっすぐ。
声をかけるタイミングもない。
(……徹底してるな)
小さく息を吐く。
⸻
数日後。
同じ状況。
同じ距離。
慣れるかと思った。
慣れない。
(……何やってんだろ)
自分で決めたこと。
でも。
思う。
(……こんなに離れる必要あった?)
いや。
必要だった。
ラーナにとっては。
だから。
何も言わない。
⸻
講義中。
ふと。
前のラーナの手が、目に入る。
ペンを持つ指。
淡々と動く。
前みたいに。
触れることは、ない。
(……あれ)
一瞬。
頭をよぎる。
机の下。
絡んだ指。
感触。
温度。
(……やめろ)
自分で止める。
今は違う。
ペンを持つ手に、少し力が入る。
(……集中しろ)
視線を黒板に戻す。
でも。
完全には切り替わらない。
⸻
放課後。
廊下ですれ違う。
一瞬だけ、目が合う。
「……」
「……」
何も言わない。
そのまま、通り過ぎる。
(……これが一番きつい)
思う。
話せないわけじゃない。
でも。
話さない。
その選択を、お互いしてる。
⸻
夜。
スマホ。
ラーナとのトーク。
最後のやり取り。
止まってる。
(……送るか)
一瞬、考える。
でも。
やめる。
(……邪魔になる)
分かってる。
ラーナは、本気でやってる。
中途半端じゃない。
(……ほんとに)
小さく息を吐く。
「……負けるなよ」
ぽつり。
誰にも聞こえない声。
でも。
本音。
スマホを伏せる。
目を閉じる。
浮かぶのは。
隣にいた距離。
触れてた手。
近すぎた空気。
(……早く終われ)
小さく思う。
でも。
(……終わったら)
一瞬。
考えて。
やめる。
「……やめとこ」
呟く。
期待すると、長くなる。
分かってるから。




