第33話「見えないところで」
講義中。
教室は静かだった。
ペンの音。
ページをめくる音。
淡々と進む授業。
ラーナは、ノートに視線を落としている。
真面目に。
集中して。
いつも通り。
(……さっきの)
一瞬だけ思い出す。
昼休み。
レオとの距離。
わざと。
(……やりすぎた)
小さく息を吐く。
でも。
今は講義中。
切り替える。
ペンを走らせる。
黒板を見る。
書く。
集中する。
そのとき。
ふと。
左手に、触れる感触。
(……?)
視線は動かさない。
でも。
意識が、一瞬でそこに向く。
机の下。
見えないところで。
指に、何かが触れている。
(……は?)
ゆっくり。
気づく。
レオの手。
一瞬で、思考が止まる。
(……何してるの)
でも。
顔は上げない。
動かない。
そのまま。
指が、軽く触れる。
なぞるみたいに。
確認するみたいに。
(……やめろ)
思う。
でも。
言えない。
今、講義中。
次の瞬間。
指が、絡む。
(……っ)
完全に、止まる。
思考も。
手も。
でも。
離されない。
むしろ。
軽く握られる。
レオの方を
——見ない。
見たら終わる。
絶対、笑ってる。
(……無理)
心臓が、うるさい。
さっきまでの集中が、一瞬で崩れる。
ペンが止まる。
ノート、真っ白のまま。
(……ほんとにやめろ)
でも。
手は、振りほどかない。
少しだけ。
指に、力が入る。
無意識に。
その反応に。
レオの指も、少しだけ強くなる。
(……最悪)
完全に、読まれてる。
数分。
そのまま続く。
静かな教室。
何も起きてない顔。
でも。
下では、繋がったまま。
ラーナの呼吸が、わずかに乱れる。
でも。
外からは分からない。
レオは、何も言わない。
ノートも取ってる。
普通に。
でも。
手だけは、離さない。
(……わざと)
完全に理解する。
さっきの、仕返し。
ラーナの指が、わずかに動く。
絡んだまま。
ほんの少しだけ、握り返す。
一瞬。
レオの動きが止まる。
(……は?)
予想外。
拒否じゃない。
むしろ。
受け入れてる。
横目で、ちらっと見る。
ラーナ。
普通の顔。
でも。
耳、少し赤い。
(……まじかよ)
小さく、息を吐く。
でも。
手は、離さない。
そのまま。
講義が終わるまで——
ずっと。
繋がったままだった。
⸻
チャイム。
解放される空気。
ざわめき。
その瞬間。
ラーナが、手を引く。
すぐに。
何もなかったみたいに。
立ち上がる。
ノートを閉じる。
「……ラーナ」
レオが呼ぶ。
「なに」
振り返る。
いつも通りの顔。
「……どういうつもり」
「なにが」
とぼける。
「分かってるだろ」
「……分かってない」
でも。
少しだけ、目が逸れる。
レオが、少しだけ笑う。
「……仕返しのつもりだったんだけど」
「……うん」
「逆にやられた気分」
一瞬。
ラーナが止まる。
「……別に」
小さく。
「別にじゃない」
一歩、近づく。
「……あれ、普通に無理だから」
低く。
本音。
「……そう」
ラーナが小さく返す。
でも。
逃げない。
「……ラーナ」
「なに」
「もう一回やったら」
「今度は止めないから」
一瞬。
空気が止まる。
ラーナの目が、わずかに揺れる。
でも。
すぐに戻る。
「……やらない」
小さく。
「ほんとに?」
「……たぶん」
レオが、ふっと笑う。
「……だろうな」




