第32話「距離の更新」
翌日。
教室。
いつも通りの、昼休み。
騒がしい空気。
でも。
その中で。
ラーナは、いつも通りの席に座っている。
レオも、隣。
いつも通り。
——のはずだった。
⸻
「なあレオ、この問題さ」
前の席の男子が振り返る。
「あーどれ」
レオが身を乗り出す。
ノートを見るために、少し前に。
ラーナとの距離が、ほんの少し空く。
ラーナは、何も考えずに。
そのまま、手を伸ばす。
レオの袖を、軽く掴む。
一瞬。
レオの動きが止まる。
(……は?)
視線だけ、落ちる。
ラーナの手。
当たり前みたいに、そこにある。
「……ラーナ」
「なに」
顔も上げない。
普通に返す。
「……何してんの」
「別に」
即答。
でも。
手は離さない。
(……いやいや)
(ここ教室なんだけど)
周り、普通にいる。
しかも昼休み。
視線、普通にある。
「レオ?」
男子が不思議そうに呼ぶ。
「あ、悪い」
とりあえず返す。
でも。
集中できるわけがない。
後ろから、引っ張られてる。
地味に。
でも、確実に。
(……何これ)
(昨日の続き?)
いや。
絶対違う。
ラーナ、無自覚。
完全に。
⸻
数分後。
話が終わる。
レオが体を戻す。
距離、元通り。
——のはずなのに。
ラーナの手は、そのまま。
まだ、掴んでる。
「……離さないの」
小さく聞く。
「……ん」
適当な返事。
意識してない。
(……ほんとにやめろ)
心臓に悪い。
距離も、近い。
昨日の記憶が、普通に蘇る。
「……ラーナ」
「なに」
「ここ教室」
「うん」
「……分かってる?」
「分かってる」
分かってない。
絶対。
ラーナが、ふと顔を上げる。
「……なに」
少しだけ不思議そうに。
(……ダメだ)
(全く分かってない)
「……いや」
小さく息を吐く。
「なんでもない」
諦める。
そのまま。
ラーナは、自然に距離を詰める。
肩が、軽く触れる。
さらに。
ほんの少しだけ、寄る。
(……無理)
レオが、顔を覆いそうになるのを堪える。
「レオ、これ分かる?」
別の女子が話しかけてくる。
普通の距離。
普通の会話。
——のはずなのに。
今は、全然普通じゃない。
レオが、答えようとする。
その瞬間。
ラーナの指が、少しだけ動く。
袖を、引く。
一瞬。
完全に止まる。
(……おい)
「……ちょっと待って」
女子にそう言って。
レオは立ち上がる。
そのまま。
ラーナの手首を軽く掴む。
「……来て」
「なんで」
「いいから」
⸻
廊下。
人が少ない場所。
やっと止まる。
「……なに」
ラーナが言う。
本気で分かってない顔。
「……何じゃない」
一歩、近づく。
「なんで掴んでんの」
「……なんとなく」
即答。
迷いなし。
「……なんとなくでやるな」
低く。
「なんで」
「なんでじゃない」
ため息。
でも。
少しだけ笑ってる。
「……自覚ある?」
「……なにの」
「距離」
一拍。
ラーナが、少しだけ考える。
でも。
首を横に振る。
「……ない」
正直。
(……だろうな)
小さく笑う。
でも。
次の瞬間。
少しだけ距離を詰める。
「……あのね」
低く。
ラーナの呼吸が、わずかに止まる。
「さっきの」
「普通じゃないから」
はっきり言う。
「……そう」
ラーナが、小さく返す。
でも。
逃げない。
「……昨日のあとでそれやるの、反則」
ぼそっと。
本音。
一瞬。
ラーナが止まる。
「……昨日?」
「覚えてるだろ」
「……覚えてる」
小さく。
数秒。
沈黙。
「……じゃあ」
ラーナが、少しだけ近づく。
さっきと同じ距離。
でも。
今度は、意識あり。
「……いいんじゃないの」
静かに。
(……は?)
「……だって」
「レオ、嫌じゃないでしょ」
まっすぐ。
(……無理)
完全に崩れる。
「……嫌なわけないだろ」
即答。
低く。
「……ならいいじゃん」
ラーナが、少しだけ言う。
その距離のまま。
どっちも動かない。
「……ほんとに分かってやってる?」
「……半分」
正直。
「……十分すぎる」
小さく笑う。
そのまま。
軽く、額に触れる。
一瞬だけ。
すぐ離れる。
「……教室戻るぞ」
「……うん」
そのまま歩き出す。
でも。
今度は。
ラーナが、また自然に手を伸ばす。
今度は——
ちゃんと、意識して。




