第31話「境界線のその先・その後」
距離が、ゼロになる。
ラーナは、逃げない。
視線も、逸らさない。
「……言ったからな」
レオの声が、低く落ちる。
「うん」
短く。
でも、はっきり。
次の瞬間。
引き寄せられる。
触れる。
キス。
昨日とは違う。
迷いが、ない。
でも。
強引すぎない。
確かめるみたいに、ゆっくり。
⸻
ラーナの手が、レオの服を掴む。
無意識じゃない。
今は、ちゃんと分かってる。
距離も。
意味も。
全部。
少しだけ、離れる。
息が混ざる距離。
「……やめる?」
レオが、低く聞く。
最後の確認。
ラーナは、少しだけ首を振る。
「……やめない」
即答じゃない。
でも。
逃げない答え。
(……ほんとに)
レオの呼吸が、わずかに乱れる。
もう一度、触れる。
さっきより、少しだけ深く。
ラーナの指が、強くなる。
引き寄せるみたいに。
レオの手が、ラーナの頬に触れる。
そのまま、ゆっくり下へ。
首元。
肩。
止まる。
一瞬だけ。
確認するみたいに。
ラーナが、わずかに目を閉じる。
拒まない。
でも。
全部を委ねてるわけでもない。
ちゃんと、そこにいる。
「……ラーナ」
名前を呼ぶ。
「……なに」
小さく返る。
「ほんとにいいの」
もう一度。
ちゃんと聞く。
一拍。
ラーナが、少しだけ考える。
でも。
すぐに視線を上げる。
「……いい」
はっきり。
「レオがいい」
一瞬。
レオの思考が止まる。
(……それ言う?)
次の瞬間。
完全に、崩れる。
「……ズルすぎ」
小さく吐き出す。
でも。
もう止めない。
距離を詰める。
今度は、迷いなく。
ラーナの背に手が回る。
引き寄せる。
逃げ場は、もうない。
でも。
ラーナは、逃げない。
キスが、深くなる。
さっきまでと違う。
確かめるだけじゃない。
ちゃんと、欲してる。
ラーナの呼吸が、少し乱れる。
でも。
手は離さない。
むしろ。
レオの服を、引く。
(……ほんとに)
(ズルすぎるだろ)
理性が、音を立てて崩れる。
でも。
全部じゃない。
ギリギリで、保ってる。
⸻
少しだけ離れる。
額が触れる距離。
「……ここで止まるの、無理なんだけど」
正直すぎる。
ラーナが、少しだけ息を整えて。
「……じゃあ」
「止まらなくてもいい」
静かに返す。
(……終わりだろそれ)
小さく笑う。
でも。
もう、引かない。
「……あとで文句言うなよ」
「言わない」
即答。
視線、逸らさない。
そのまま。
もう一度、引き寄せる。
今度は——
完全に、踏み込む。
⸻
カーテンの隙間から、光。
部屋の中は、静かだった。
しばらく。
何も音がない。
ラーナが、ゆっくり目を開ける。
天井。
見慣れたはずなのに、少しだけ違う。
(……あ)
一瞬で、思い出す。
断片じゃない。
ちゃんと、全部。
思考が止まる。
「……」
隣。
レオ。
まだ寝てる。
距離、近い。
というか——近すぎる。
ラーナの呼吸が、わずかに乱れる。
(……無理)
でも。
目は逸らさない。
少しだけ、見てしまう。
寝てる顔。
静か。
今朝とは違う。
(……ほんとに)
やっと、実感が追いつく。
そのとき。
「……起きてるでしょ」
低い声。
目は閉じたまま。
ラーナの動きが止まる。
「……起きてない」
「嘘」
即答。
ゆっくり、目が開く。
視線が、合う。
一瞬。
空気が止まる。
「……どうすんの」
レオが言う。
少しだけ掠れた声。
ラーナが、少しだけ考える。
「……なにが」
「その反応」
「全部思い出してる顔してるけど」
ラーナが、少しだけ黙る。
否定、できない。
「……」
「……ほらな」
小さく笑う。
「……後悔してる?」
ふと、レオが聞く。
軽く。
でも。
ほんの少しだけ、様子を伺うみたいに。
一瞬。
ラーナが止まる。
考える。
今朝のこと。
全部。
でも。
答えは、すぐ出る。
「……してない」
はっきり。
レオの目が、少しだけ細くなる。
「ほんとに?」
「ほんとに」
視線を逸らさない。
数秒。
沈黙。
でも。
嫌じゃない。
「……じゃあいい」
レオが、少しだけ息を抜く。
体の力も、少しだけ抜ける。
ラーナが、それを見る。
ほんの少しだけ。
口元が動く。
「……レオ」
「なに」
「……今日」
「……ちゃんと我慢しなかった」
ぽつり。
確認みたいに。
一瞬。
レオの思考が止まる。
「……は?」
「昨日」
「我慢するって言ってた」
「……言ったけど」
「してない」
事実。
淡々と。
「……いや」
「無理だったからな」
正直すぎる。
ラーナが、少しだけ黙る。
「……ほんとに」
小さく。
「止めなかった」
ラーナの方から。
一瞬。
レオの目が、わずかに変わる。
「……それ今言う?」
「……別に」
でも。
少しだけ、耳が赤い。
レオが、少しだけ笑う。
「……ほんとズルい」
「……なにが」
「全部」
そのまま。
少しだけ距離を詰める。
さっきよりは、穏やかに。
「……今日どうする」
「……なにが」
「これから」
一拍。
ラーナが、少しだけ考える。
「……とりあえず」
「ごはん」
普通の答え。
でも。
どこか少しだけ、違う。
「……了解」
レオが、小さく笑う。
そのまま。
自然に起き上がる。
でも。
距離は、さっきより少しだけ近いまま。
何も言わない。
でも。
もう前とは、同じじゃない。




