第27話「残ってる熱」
朝。
ラーナは、ゆっくり目を開けた。
(……重い)
頭が、少しだけぼんやりする。
でも、痛くはない。
(……昨日)
断片的に、思い出す。
打ち上げ。
外に出たところまでは、はっきりしている。
その先が、曖昧。
(……帰った)
たぶん。
ここにいるし。
でも。
(……そのあと)
思い出そうとすると、少しだけ引っかかる。
何か。
あった気がする。
でも、掴めない。
「……最悪」
小さく呟いて、起き上がる。
⸻
スマホを見る。
通知。
レオ。
『起きた?』
短い。
いつも通り。
なのに。
なぜか少しだけ、間があるように見える。
(……何)
少しだけ考えてから、返す。
『起きた』
既読がつくのが、やけに早い。
『頭痛い?』
『平気』
『そっか』
それだけ。
会話が、終わる。
(……何それ)
ラーナの眉が、少しだけ寄る。
⸻
数分後。
インターホンが鳴る。
(……は?)
出る。
レオ。
「……なんで?」
「来るって言ったじゃん」
普通の顔。
でも。
どこか、少しだけ硬い。
「……入って」
ラーナが言うと、当たり前みたいに入る。
昨日と同じ。
でも。
空気が、少し違う。
⸻
「体調は?」
「平気」
「ほんとに?」
「ほんと」
短いやり取り。
レオは、少しだけラーナを見る。
じっと。
(……なんで見るの)
「なに」
「いや」
視線を逸らす。
「……覚えてる?」
一拍。
「……たぶん」
「どこまで」
ラーナが止まる。
「……外出たとこまでは」
「そっからは?」
「……曖昧」
正直に言う。
レオが、小さく息を吐く。
(……やっぱりか)
「……何かあった?」
ラーナが聞く。
レオが、少しだけ黙る。
(……言うか?)
頭の中に、昨日の光景がよぎる。
距離。
表情。
反応。
(……無理だろ)
そのまま言うのは。
いろいろ。
「……別に」
「ちょっと酔ってただけ」
「……そう」
ラーナはそれ以上聞かない。
でも。
完全に納得もしてない。
空気が、少しだけ止まる。
「……レオ」
「なに」
「なんか変」
「は?」
「今日」
一拍。
「ちょっと距離ある」
レオの動きが止まる。
(……バレるの早すぎだろ)
「そんなことない」
「ある」
即答。
視線を外さない。
「……昨日のせい?」
静かに刺す。
レオが、少しだけ眉を寄せる。
「……まあ」
完全否定はしない。
「……何したの、私」
ラーナの声が、少しだけ落ちる。
(……そうなるよな)
少しだけ、迷って。
でも。
全部は言わない。
「……別に」
「ただ」
一歩、近づく。
「ちょっと無防備だっただけ」
ラーナが固まる。
「……何それ」
「そのまま」
「意味わかんない」
「わかんなくていい」
軽く言う。
でも。
目は、少しだけ本気。
「……で?」
ラーナが言う。
「それで距離取る理由にはならないでしょ」
まっすぐ。
逃げない。
レオが、少しだけ笑う。
「なるんだよ」
「なんで」
一拍。
「……こっちの問題」
ラーナの眉が寄る。
「なにそれ」
「だから」
少しだけ、言葉を探して。
「昨日のラーナ、普通にやばかったから」
「は?」
「いろいろ」
それ以上言わない。
でも。
伝わる。
少しだけ。
ラーナの耳が、赤くなる。
(……何それ)
(聞いてない)
でも。
気になる。
「……ちゃんと教えて」
「無理」
「なんで」
「言ったら多分」
一拍。
「今日帰れなくなる」
ラーナが止まる。
「……何それ」
「そのまま」
視線が、合う。
数秒。
沈黙。
ラーナが、ゆっくり一歩近づく。
距離が詰まる。
昨日よりは、冷静。
でも。
完全に平常でもない。
「……じゃあ」
小さく。
「帰らなきゃいいじゃん」
レオの呼吸が止まる。
(……は?)
「……何それ」
「そのまま」
言い返される。
昨日と同じ構図。
でも。
今は。
ラーナが逃げてない。
「……ほんとに覚えてないの?」
「……何が」
「いや」
一瞬迷って。
でも。
言わない。
「……いい」
「よくない」
即答。
「気になる」
ラーナが言う。
少しだけ、不機嫌そうに。
「……教えて」
逃げない。
レオを見る。
(……無理だろ)
(これで言うの)
(完全にアウト)
でも。
逃げても、終わらない。
「……後悔すんなよ」
「しない」
即答。
(ほんとかよ)
小さく息を吐いて。
「……めちゃくちゃ距離近かった」
「……それはいつも」
「違う」
被せる。
「レベルが違う」
ラーナが少しだけ黙る。
「……で?」
「で」
一拍。
「そのままでも、全然嫌じゃなさそうだった」
ラーナの思考が止まる。
「……は?」
「むしろ」
少しだけ、声が落ちる。
「ラーナから、来てた」
ラーナの耳が、一気に赤くなる。
「……何それ」
「だから言ったじゃん」
「後悔すんなよって」
ラーナが何も言えない。
でも。
視線は逸らさない。
数秒。
沈黙。
「……じゃあ」
ラーナが、小さく言う。
「今日は無理ってこと?」
レオの動きが止まる。
(……は?)
「……何が」
「帰るの」
まっすぐ。
でも。
少しだけ、挑発。
レオが、ゆっくり息を吐く。
「……ほんとにやめろって」
「なんで」
「昨日よりやばい」
正直すぎる。
ラーナの口元が、ほんの少しだけ動く。
「……じゃあ」
「試してみる?」
その一言で。
完全にスイッチが入る。
(……あーあ)
「……後で後悔しても知らないからな」
「しない」
即答。
その距離のまま。
もう。
どっちも、引かない。
距離は、もうほとんどない。
ラーナは、逃げない。
レオも、引かない。
そのまま。
一歩。
レオが、踏み込む。
「……ほんとにいいの?」
低く。
確認みたいに落ちる。
「いいって言ってる」
ラーナは即答する。
視線も逸らさない。
(……言ったな)
その一言で。
完全に、スイッチが入る。
次の瞬間。
腕を引かれる。
距離が、ゼロになる。
そのまま。
触れる。
キス。
昨日とは違う。
止める気が、ない。
深くなる。
息が、混ざる。
ラーナの思考が、一瞬で飛ぶ。
「……っ」
離れる隙もないまま、もう一度。
角度を変えて。
触れる。
指が、ラーナの頬にかかる。
逃がさないみたいに。
でも。
強すぎない。
絶妙な距離。
ラーナの手が、レオの服を掴む。
無意識に。
でも。
ついていけてない。
頭が、追いついてない。
(……なにこれ)
鼓動が、うるさい。
さっきまでの“余裕”が、消える。
レオの手が、少しだけ動く。
肩に。
そのまま。
背中へ。
ほんの少し、引き寄せる。
距離が、さらに近づく。
その瞬間。
ラーナの動きが、止まる。
完全に。
「……」
反応が、消える。
目が、開いたまま。
固まる。
(……あ)
レオが、気づく。
(やりすぎた)
すぐに。
動きを止める。
ゆっくり、離れる。
距離を戻す。
「……ごめん」
低く。
短く。
ラーナは、動かない。
数秒遅れて。
やっと、息を吐く。
「……いきなりすぎ」
小さく。
でも、はっきり。
「……悪い」
レオが、少しだけ目を逸らす。
「……無理させるつもりなかった」
本音。
ラーナが、ゆっくり視線を上げる。
「……無理じゃない」
一拍。
「びっくりしただけ」
正直に返す。
でも。
耳は、赤いまま。
「……それも無理って言うんだよ」
レオが苦笑する。
でも。
さっきより距離は戻してる。
ちゃんと。
踏み越えない位置に。
少しだけ沈黙。
「……でも」
ラーナが、小さく言う。
「……やめるの」
レオが、少しだけ目を細める。
「……何を」
「今の」
視線を逸らさずに。
でも。
少しだけ不満そうに。
(……は?)
(それ言う?)
さっき固まってたのに。
その顔で。
「……やめる」
即答。
「なんで」
「これ以上やると」
一拍。
「マジで止まんないから」
ラーナが、少しだけ黙る。
「……止まらなくても、別にいい」
ぼそっと。
小さい声。
でも。
ちゃんと聞こえる。
(……無理)
レオが、顔を覆いそうになるのを堪える。
「……ほんとやめろって」
「なんで」
「理性が仕事しなくなる」
ラーナの口元が、ほんの少し動く。
「……じゃあ」
「今日はここまで」
レオは自分で区切る。
ラーナが、少しだけ目を細める。
「……中途半端」
「うるさい」
即答。
「……続きは?」
「……知らない」
「考えてないの」
「考えてる」
一拍。
「でも今じゃない」
はっきり。
ラーナは、少しだけ黙って。
それから。
小さく息を吐く。
「……わかった」
納得。
完全ではないけど。
受け入れる。
「……ほんとに」
レオが、ぽつりと言う。
「昨日よりやばいからな、今日」
「……そう」
「自覚ないだろ」
「ない」
即答。
「……だろうな」
小さく笑う。
でも。
そのまま。
さっきより少しだけ優しく。
ラーナの頭に手を置く。
「……少しは考えろ」
「やだ」
即答。
でも。
その距離は。
さっきより少しだけ。
近いままだった。




