第26話「酔いの境界線」
気づけば年度終わりの、一区切り。
1年が終わる。
実習クラスの打ち上げ。
レオは主催側として、参加はほぼ強制だった。
⸻
「ラーナ、一緒にちょっと遅れて行こ」
「なんで」
「その方が多分、出口のそばだし近くに座れる」
「……わかった」
本当は。
来てほしくない、が半分。
でも。
来るなとも言えない。
⸻
当日。
居酒屋。
中に入ると、すでに出来上がっている空気。
「こっちこっちー!」
声に従って奥に行くと——
班ごとに、綺麗に分かれて座っていた。
(……は?)
隣、無理。
なんとか。
レオはラーナの後ろの席を確保する。
(……まあ、いいか)
全然よくない。
⸻
注文が始まる。
酒が運ばれてくる。
ふと、レオは思う。
(……そういえば)
(ラーナ、酒飲めるのか?)
様子を見る。
——普通に飲んでる。
しかも、ペースが速い。
顔色も、変わらない。
「ラーナ、酒強いじゃん」
隣の男子が笑う。
「そうでもない」
淡々と返す。
さらに飲む。
(……いや強いだろ)
でも。
なんか、違和感。
言語化できないけど。
どこか、引っかかる。
⸻
話が回る。
笑い声。
距離。
自然に近い。
「ラーナって面白いね」
隣の男子がぽつりと言う。
レオの指が止まる。
(……は?)
後ろから、全部見える。
近い。
距離が。
声が。
空気が。
(……何それ)
気にしてないはずなのに。
気になる。
⸻
しばらくして。
ラーナが立ち上がる。
トイレ。
レオは少し遅れて席を立つ。
⸻
「ラーナ」
「なに」
振り返る。
「大丈夫?」
「うん」
顔色は、変わらない。
でも。
目が。
合ってるはずなのに。
どこかズレてる。
(……やっぱおかしい)
「ラーナ、もう酒飲まなくていいから」
「なんで」
「ちょっと酔ってるでしょ。明らかにおかしい」
「問題ない」
まっすぐ歩いてる。
けど。
違和感が消えない。
「いいからもう飲むな」
「なんで」
「絶対おかしい」
「そんなことない」
「ある」
「ない」
「……ちょっとこっちきて」
そのまま外に連れ出す。
⸻
店の外。
空気が変わる。
人の視線が消える。
その瞬間——
ラーナの手が、レオの服の裾を掴む。
「レオ」
「……どうした?」
「……なんでもない」
距離が近い。
さっきまでと、明らかに違う。
「やっぱり変だよ」
「そんなことない」
「あるって」
「……女子たちレオのこと待ってる」
「え?」
「……さっき、楽しそうだった」
(……は?)
「……聞いてたの?」
「うん」
「……嫌だった?」
「……気になっただけ」
ほんの少しだけ。
柔らかい。
(やば)
(素直すぎる)
これ。
完全に。
⸻
「……一旦戻るか」
「だめ」
「え」
「……なんでもない」
目が。
少し、蕩けてる。
(……無理だろ)
「……戻るんじゃないの」
「……ラーナは待ってて」
「なんで」
「ラーナの分も荷物だけ取ってすぐ戻ってくるから」
「……なんで」
一拍。
決める。
「もう一緒に抜けよ」
「なんで」
「ラーナ、酔ってるでしょ」
「酔ってない」
「嘘」
「嘘じゃない」
「もうダメです」
「なんで」
一瞬。
言葉を選んで。
「……こんな状態のラーナ、他のやつに見せたくない」
ラーナが、少しだけ止まる。
「……」
「いいから、ここでちょっと待ってて」
⸻
レオだけ店に戻る。
自然に。
さりげなく。
2人分の荷物を回収する。
誰も気づかない。
戻る。
⸻
店の前。
「お姉さん、一人なの?」
若い男2人。
「ちがう」
「えーちょっとだけでいいから一緒に飲まない?」
「飲まない」
「即答おもしろ」
「いいね」
腕に手が伸びる。
その瞬間——
レオが割り込む。
ラーナの手を引く。
「俺の彼女に何か用ですか」
一瞬で空気が変わる。
「あー……すみません」
男たちは去る。
⸻
「早く帰ろ」
「……」
「……ラーナ?」
顔を覗き込む。
赤い。
「え、なにどうしたの」
さっきまで平気だったのに。
「……彼女」
「ん、ああ、だってそうでしょ?」
「……うん」
(……は?)
(今ので?)
(ズルすぎだろ)
「……嬉しかった?」
「……少し」
(素直かよ)
「早く帰ろ」
「……うん」
⸻
ラーナの家。
ラーナは何も言わず、当然みたいに部屋へ入っていく。
レオも、そのまま後ろについて入った。
「とりあえず、水飲みな」
「……ん」
ラーナは明らかにふにゃっとしている。
さっきよりも。
緩い。
危ない。
水を飲む。
レオも隣に座る。
そのとき。
ラーナが近づく。
頭が、もたれる。
「……ラーナ?」
「……ん」
(……完全に酔ってる)
見たことない。
こんな顔。
こんな距離。
こんな力の抜け方。
(……無理)
顎に手をかける。
軽く上を向かせる。
抵抗、ゼロ。
目。
蕩けてる。
(……やば)
心臓が跳ねる。
「……ズルすぎだろ」
「……ん」
唇に、親指で触れる。
反応、ない。
(終わりだろこれ)
そのまま。
顔を近づける。
——止まる。
「……レオ?」
「……ダメだ」
「……しないの?」
「無理」
一歩、離れる。
「我慢できなくなる」
⸻
「帰る」
「え」
立ち上がる。
準備する。
その瞬間。
裾を掴まれる。
「やだ」
(……ほんと無理)
「……ダメです」
振り切る。
「今日はもうお風呂入って寝なさい」
「……なんで」
「なんでも」
「……行かないで」
止まる。
一瞬だけ。
「……ほんとにごめん無理」
「……」
「また明日絶対くるから」
「……わかった」
「……うん、じゃあね」
⸻
ドアを閉める。
その瞬間。
両手で顔を覆う。
「……やばかった……」
そのままドアに背を預けてしゃがみ込む。
息を吐く。
「……あぶね」
(……てか)
(もう無理だろ)
(こんなんで一人で飲み会とか)
想像する。
さっきの状態。
他のやつの前。
(無理に決まってる)
小さく舌打ちする。
「……厄介すぎる」
でも。
口元は、少しだけ緩んでいた。




