第25話「ずれてない?」
昼休み。
さっきまで実習で使っていた教室。
ラーナは、いつも通りノートを開いていた。
ペンを走らせる。
静か。
隣には、誰もいない。
「ラーナ?」
声。
顔を上げる。
同じ学年の男子。
実習で一度一緒だった。
「この前のレポートさ、ここってどう書いた?」
自然な距離。
ラーナは少しだけ考えて、ノートを向ける。
「こう」
「え、助かる」
笑う。
ラーナも、短く頷く。
「やっぱ分かりやすいな」
「別に」
淡々と返す。
それで終わるはずの会話。
でも、少しだけ続く。
「次の実習も一緒だといいな」
「どうだろ」
軽く流す。
それだけ。
特別なことは、何もない。
いつも通り。
⸻
少し離れた場所。
レオが、それを見ていた。
(……普通すぎる)
距離も。
声も。
表情も。
(……あれと同じ?)
自分に向けられるものと。
何が違うのか、分からない。
(……いや)
視線を外す。
一拍。
そのまま、別の方へ歩く。
「ねえ、レオ」
女子に呼ばれる。
振り返る。
「さっきのやつ教えて」
「いいよ」
そのまま、近くの机に寄る。
距離は、少しだけ近い。
わざと。
分かる位置。
(……見てる?)
一瞬だけ、視線を向ける。
ラーナは、もう男子と別れていた。
何事もなかったみたいに。
ノートに戻っている。
(……は?)
もう一度、女子の方を見る。
話す。
笑う。
距離を、詰める。
でも。
(……反応しない)
もう一度だけ、視線を送る。
ラーナは、見ない。
ペンを動かしているだけ。
(……なんで)
胸の奥が、ざわつく。
(……気にならない?)
会話が、頭に入らない。
「レオ?」
「……あー、ごめん」
適当に流す。
そのまま、席を離れる。
⸻
「——終わった?」
もう教室に人はいなくなっていた。
ラーナの前に立つ。
視線は落とされたまま。
「なにが」
淡々と返る。
「さっきの」
一拍。
「終わったよ」
それだけ。
「……ふーん」
隣に座る。
距離は、近い。
でも。
ラーナは、動かない。
(……何それ)
一瞬、言葉が詰まる。
「……あいつと話してたじゃん」
ラーナの手が、ほんのわずかに止まる。
でも、すぐに動く。
「聞かれただけ」
「へえ」
一拍。
何か言おうとして、やめる。
沈黙。
ラーナのペンが、紙の上を走る音だけが残る。
(……なんで平気なの)
喉まで出かかる。
でも。
違う。
(……違う)
欲しいのは、それじゃない。
数秒。
「……俺の思ってるのと、やっぱりズレてない?」
ぽつりと落ちる。
ラーナの手が、止まる。
今度は、完全に。
ゆっくり、顔を上げる。
「……何が」
レオは、少しだけ視線を逸らしてから。
「そのまま」
「俺と、お前のやつ」
曖昧な言い方。
でも。
十分だった。
ラーナは、数秒だけ見て。
何も言わない。
そのまま。
一歩、近づく。
「——っ」
レオの呼吸が、わずかに止まる。
距離が、近い。
逃げない。
目も逸らさない。
そのまま。
指先が、触れる。
一瞬だけ。
でも。
確かに。
「……ズレてたら」
小さく。
「こんなことしない」
それだけ。
沈黙。
レオが、動かない。
(……は?)
遅れて、理解する。
(……それでいいのかよ)
でも。
胸の奥のざわつきは、少しだけ静まっていた。
「……それだけ?」
思わず出る。
ラーナは、少しだけ眉を寄せる。
「足りない?」
逆に返される。
一瞬。
言葉に詰まって。
「……いや」
小さく、息を吐く。
「……足りてる」
本当かどうかは、自分でも分からない。
でも。
さっきよりは、ずっとマシだった。
ラーナは、何も言わず。
またノートに視線を落とす。
ペンが動く。
その横で。
レオは、少しだけ視線を落として。
(……分かりにくすぎだろ)
小さく、笑った。
でも。
その距離は、離さなかった。




