第23話「ずれる距離」
翌日。
講義室。
ざわつく空気の中。
ラーナは、前の席に座っていた。
ノートを開く。
ペンを持つ。
でも。
(……集中)
前を見る。
何も考えない。
考えないようにする。
(……無理)
一瞬。
昨日のことが浮かぶ。
触れた感覚。
すぐに、振り払う。
(……最悪)
そのとき。
隣の席が、引かれる音。
「おはよ」
軽い声。
いつも通り。
ラーナの肩が、わずかに揺れる。
視線を向ける。
レオ。
何事もなかったみたいな顔で、座っている。
「……おはよ」
短く返す。
それだけ。
会話は、続かない。
(……は?)
違和感。
いつもなら。
もう少し、何か言ってくるのに。
レオは、前を向いたまま。
ノートを開く。
ペンを持つ。
一度も、こっちを見ない。
(……なんで)
胸が、ざわつく。
⸻
講義が始まる。
教授の声。
板書の音。
ペンを動かす。
今度は、ちゃんと書いている。
でも。
頭には入らない。
隣の気配は、近い。
なのに。
触れない。
昨日みたいな距離は、ない。
(……遠い)
同じ席。
同じ距離。
なのに、違う。
ラーナの指が、わずかに止まる。
そのとき。
紙が、すっと横に滑る。
レオのノート。
簡潔な図。
要点だけ。
「ここ」
小さく。
前を向いたまま。
「さっきのとこ、違う」
それだけ。
ラーナが、固まる。
(……何それ)
言い方は、軽い。
でも。
視線は来ない。
「……ありがと」
小さく返す。
レオは、何も言わない。
そのまま、前を向いている。
(……ほんとに何なの)
胸が、落ち着かない。
⸻
講義が終わる。
ざわつきが戻る。
ラーナは、すぐに立ち上がる。
考える前に。
その場を離れようとする。
「ちょい待って」
軽い声。
腕を、掴まれる。
「――っ」
振り返る。
レオ。
でも。
昨日みたいな強さじゃない。
軽く、止めるだけ。
「……あのさ」
いつもの調子。
軽い声。
ラーナの呼吸が、わずかに止まる。
「昨日のこと」
少しだけ間。
「忘れといていいから」
あっさり。
不自然なくらい。
ラーナの目が、揺れる。
(……は?)
手が、離れる。
あっさりと。
レオは、そのまま立ち上がる。
「じゃ」
軽く手を上げる。
それだけ。
振り返らない。
距離が、離れる。
すぐに。
(……何それ)
その場に、残される。
(……忘れる?)
そんな軽く言うことじゃない。
胸の奥が、ざわつく。
唇に、触れる。
無意識に。
残っている。
昨日の感覚。
(……無理)
消えない。
消せるわけがない。
なのに。
「忘れといていい」なんて。
ラーナは、動けないまま。
しばらく、その場に立ち尽くしていた。




