第21話「触れた理由」
講義終わり。
校舎の外。
渡り廊下を抜けた先、少し段差のある通路。
「だから、それ違うって言ってる」
横から、レオ。
ラーナは、無視する。
「聞いてる?」
「聞いてない」
即答。
歩く速度は落とさない。
「ひど」
軽く笑いながら、隣に並ぶ。
距離は、いつも通り近い。
「ちゃんと説明してあげてるのに」
「いらない」
そのまま、前を見る。
でも。
気配は、すぐ横にある。
「ていうかさ」
「なんでそんな避けんの」
「避けてない」
視線は向けない。
そのとき。
足元。
コンクリートのわずかな段差。
踏み外す。
「っ――」
体が傾く。
「危な――」
腕を引かれる。
強く。
視界が揺れる。
次の瞬間。
地面。
鈍い音。
でも。
痛みは、来ない。
(……え)
下。
レオがいる。
ラーナの下敷きになっている。
「……大丈夫?」
「そっちこそ」
何事もなかったみたいに返す。
ラーナの視線が、落ちる。
手。
そこで、初めて気づく。
コンクリートで擦れている。
薄く赤い。
じわっと、血が滲む。
「……ちょっと、見せて」
返事を待たない。
間髪入れず。
左手を、取る。
いつも。
隣にいると近づく側の手。
今は。
自分から掴んでいる。
「動かさないで」
低く。
迷いなく。
「大袈裟だって」
軽い声。
ポケットからハンカチを出す。
傷に当てる。
軽く押さえる。
正確な手つき。
いつも通り。
――のはずなのに。
少し、乱れている。
少しだけ、力が強い。
「……痛いって。強いよ」
小さく漏れる。
相変わらず、軽く笑いながら。
「我慢して」
即答。
ラーナの眉が、わずかに寄る。
親指で、血を軽く拭う。
そのまま、押さえ直す。
距離が、近い。
近すぎる。
「……庇ってくれて、ありがとう」
ぽつりと。
レオが、一瞬だけ止まる。
(……なにそれ)
(素直じゃん)
口元が、少し緩む。
「その割に雑だな」
ラーナの手が、ぴくっと止まる。
「……怒ってる?」
様子を探るみたいに。
少しだけ覗き込む。
「……黙って」
低い。
でも。
ほんの少しだけ、震えている。
レオの視線が、ラーナに向く。
「……そんな顔、するんだ」
ラーナの手が止まる。
「……何が」
「心配してる顔」
一拍。
ラーナの視線が、揺れる。
「……してない」
遅れて出る。
レオが、少しだけ笑う。
「ふーん」
そのまま。
視線を外さない。
ラーナの手は、まだレオの手に触れている。
傷口だけじゃない。
距離そのものが、近い。
(……やば)
レオの中で、確信に変わる。
これはもう。
ただの興味じゃない。
ラーナは、何も言わない。
でも。
手は、離さない。
ほんの少しだけ。
力が、こもる。
それだけで、十分だった。




