第19話「近すぎる距離」
実習が終わって、数日。
図書館。
ラーナは、いつも通り席に座っていた。
資料を開く。
ペンを持つ。
(……問題ない)
もう、元に戻ったはず。
そう思ったとき。
「隣、いい?」
――もう座っている。
しかも。
当然みたいに、右側。
(……また)
ラーナは、何も言わない。
「……聞く意味ある?」
「一応」
軽い。
でも。
前より、距離が近い。
肩が。
わずかに、触れる。
離れない。
(……近い)
意識した瞬間、離れられなくなる。
逃げない。
そう決めたから。
ペンを動かす。
でも。
隣の気配が、濃い。
「そこ」
レオの声。
「違くない?」
紙の上を指す。
ラーナが視線を落とす。
同時に。
レオの左手が伸びる。
右手で書こうとしたラーナの手と、
自然に距離が重なる。
また。
利き手同士が、近い。
とん、と。
軽く、ぶつかる。
ほんの一瞬。
指先が、触れる。
熱だけ、残る。
それだけで。
思考が、止まる。
(……今の、何)
ほんの少し手をずらせば、避けられる。
でも。
ラーナは、そのままペンを持ち直した。
「……合ってる」
少しだけ遅れて返す。
「ほんとに?」
顔が、近い。
肩は、まだ触れている。
逃げればいいのに。
動けない。
「ちゃんと見て」
目を逸らすな、って言うみたいに。
低い声。
耳に近い。
(……うるさい)
集中、できない。
でも。
逃げない。
ラーナは、わざと顔を上げる。
距離は、そのまま。
目が合う。
「……近い」
息が、かかる距離。
「そう?」
レオは引かない。
むしろ。
肩が、さらに軽く触れる。
逃げ場が、ない。
「集中できないって言ってなかった?」
わざと。
なぞるように言う。
ラーナの指が、止まる。
(……言うな)
「……言ってない」
「へえ」
「じゃあ」
一拍。
「この距離でも?」
レオが、ゆっくりペンを置く。
そして。
ほんの少しだけ、体を寄せる。
――肩が、完全に触れる。
逃げ道を、塞ぐみたいに。
「……問題ない」
一切、引かずに。
低く。
目を逸らさない。
近い。
一瞬。
レオの呼吸が、止まる。
(……は?)
(来るの?)
(マジで?)
「……ほんとに?」
声が、少しだけ落ちる。
ラーナは、引かない。
そのまま、返す。
「そっちは?」
「余裕あるんじゃないの」
一瞬の沈黙。
ラーナの指が、わずかに動く。
さっき触れた場所の、すぐ近く。
触れない。
でも。
意識させる距離。
逃げ場だけ、奪う。
(……やば)
初めて。
余裕が削れる。
ラーナは、それを見逃さない。
「……やっぱり」
「大したことない」
わずかに、口元が動く。
次の瞬間。
レオが、さらに距離を詰める。
肩だけじゃない。
体温が、完全に近い。
「それ、言うんだ」
少しだけ、笑いながら。
低く。
ラーナの呼吸が、乱れる。
でも。
逃げない。
数秒。
視線が、絡む。
先に、ラーナがほんの一瞬だけ視線を逸らす。
それだけで。
十分だった。
レオが、小さく笑う。
「ほら」
一歩、引く。
「集中できてない」
ラーナの指が、わずかに強く握られる。
(……負けた)
「……うるさい」
それだけ。
でも。
耳が、少し赤い。
レオは、それを見て。
満足そうに目を細めた。
(……これ、やばいな)
もう。
止まらない。
引く気も、ない。




