第17話「引くほど、近づく」
実習、五日目。
朝。
ラーナは、いつも通りだった。
正確に。
速く。
無駄がない。
昨日までの“ズレ”は、もうない。
(……戻す)
それでいい。
感情は、いらない。
(邪魔だから)
⸻
午前。
処置。
「これ」
「はい」
ラーナが動く。
完璧なタイミング。
被せる余地がない。
レオが、一瞬遅れる。
噛み合わない。
(……は?)
昨日と逆。
全部、先を取られる。
判断も。
動きも。
そして。
——一切、こっちを見ない。
存在ごと、切られているみたいに。
(……何それ)
⸻
処置後。
「さっきの」
レオが声をかける。
ラーナは、手を動かしたまま。
「問題ない」
短く返す。
それ以上、話させない声。
会話を、終わらせる。
一拍。
レオが、止まる。
(……は?)
(それで終わり?)
もう一歩、踏み込む。
「いや、そうじゃなくて——」
「今、忙しい」
被せる。
完全に遮断。
視線すら、向けない。
レオの眉が、わずかに動く。
(……ああ)
(そういうことね)
⸻
昼。
廊下。
ラーナは、一人で歩いている。
後ろから足音。
レオ。
「ねえ」
呼ぶ。
ラーナは止まらない。
「ラーナ」
二度目。
ようやく止まる。
振り返る。
表情は、いつも通り。
でも。
温度が、低い。
「何」
短く。
レオが、少しだけ笑う。
「避けてる?」
直球。
「別に」
即答。
でも。
早い。
レオが、一歩近づく。
「じゃあなんで」
「一回もこっち見ないの」
逃げ道を潰す。
ラーナは、目を逸らさない。
「必要ないから」
ラーナは、視線を動かさない。
まっすぐなまま。
淡々と。
でも。
それは。
完全な拒絶。
空気が、少し変わる。
レオの目が、わずかに細くなる。
(……へえ)
(そう来るんだ)
「そっか」
一歩、さらに詰める。
距離が、近い。
でもラーナは、動かない。
「じゃあさ」
「なんで昨日は止まったの」
刺す。
核心。
ラーナの瞳が、わずかに揺れる。
でも。
すぐ戻る。
「関係ない」
短く。
「あるでしょ」
即座に返す。
一歩。
さらに詰める。
「俺のせい」
言い切る。
ラーナの呼吸が、ほんの一瞬だけ止まる。
その一瞬を。
レオは、見逃さない。
「図星?」
低く。
追い込む。
ラーナが、ゆっくり口を開く。
「……違う」
でも。
わずかに遅い。
レオが、笑う。
(やっぱり)
「ねえ」
「逃げてるの、どっち?」
静かに。
ラーナの目が、わずかに揺れる。
でも。
逸らさない。
数秒。
沈黙。
ラーナが、先に動く。
一歩、踏み出す。
レオの横を通る。
すれ違いざま。
「……仕事に集中して」
低く落とす。
「邪魔」
それだけ言って、切る。
そのまま去る。
振り返らない。
残されたレオ。
数秒、動かない。
そして。
ゆっくり笑う。
(……は?)
(何それ)
さっきの言葉。
態度。
全部、頭に残る。
一拍。
目が、完全に変わる。
(……いいよ)
(そこまでやるなら)
「逃がさない」
今までの距離を、取り返す。
小さく呟く。
さっきまでの“余裕”は、もうない。
本気。
完全に。
スイッチが入る。
(絶対、こっち見させる)
静かに決める。
⸻
一方で。
ラーナは、歩きながら。
ほんの一瞬だけ。
呼吸を乱していた。
(……大丈夫)
(問題ない)
そう思い込む。
でも。
さっきの距離。
言葉。
全部、残っている。
(……最悪)
小さく呟く。
切り離したはずなのに。
むしろ、強くなっている。
引いたはずの距離は。
逆に。
近づいていた。
今までより、ずっと。




