第12話「ずれる距離」
午後。
病棟は、午前よりも少しだけ落ち着いていた。
それでも。
完全に止まることはない。
「これ、お願い」
サヤがラーナに声をかける。
「うん」
短く返す。
自然なやり取り。
(……対等)
レオは、その距離を見ていた。
ラーナが動く。
迷いがない。
その横で。
「そこ、先にやった方がいい」
低い声。
ヘンリー。
一瞬だけ、ラーナの手が止まる。
でも。
「……はい」
すぐに修正する。
(……やっぱり)
レオの目が、わずかに細くなる。
(距離、おかしい)
違和感が、はっきりしてくる。
そのとき。
「レオくん」
別の看護師が声をかける。
「これお願いできる?」
「はい」
即答。
手際よく動く。
(……できてる)
でも。
(足りない)
視線は、また戻る。
ラーナ。
ヘンリーの横。
短いやり取り。
でも、通じている。
軽く舌打ちをしそうになる。
(なんだよそれ)
小さく、熱が溜まる。
⸻
夕方。
ナースステーション。
サヤがカルテを整理している。
ラーナが、その横に立つ。
「さっきの」
「ありがとう」
ラーナから。
サヤが少しだけ目を丸くする。
そのあとやわらかく笑う。
「ちゃんと見えてたね」
一拍。
「前より余裕ある感じする」
ラーナの視線が、わずかに落ちる。
「……そう?」
「うん」
即答。
その空気。
(……またそれ)
レオは見ている。
入り込めない距離。
(入るけど)
「お疲れさまです」
声をかける。
サヤが振り向く。
「お疲れさまです」
丁寧に返す。
ラーナも視線だけ向ける。
「ラーナ」
一歩、近づく。
「さっきの件なんだけど」
一拍。
「少し外で話せる?」
サヤが、ほんの少しだけ視線を動かす。
(来たな)
ラーナは一瞬だけ黙って。
「……今?」
「今」
迷いがない。
そのとき。
「ラーナ」
低い声。
ヘンリー。
「これ、確認しろ」
書類を差し出す。
(……タイミング良すぎ)
ラーナは、迷わない。
「……はい」
そのまま受け取る。
一瞬だけ。
視線が、ほんのわずかにレオの方へ動く。
でも。
すぐに切れる。
そのまま、ヘンリーの方へ。
(……は?)
レオの眉が、わずかに動く。
完全に遮られた。
しかも自然に。
「……すみません」
サヤに軽く言う。
「いえ」
サヤは穏やかに首を振る。
「タイミング、悪かったですね」
(いや)
(悪くされたんだよ)
心の中でだけ返す。
視線の先。
ヘンリーとラーナ。
近い距離。
説明。
理解。
その流れ。
(……あーあ)
小さく笑う。
(無理だわ、これ)
(入り込む隙、全然ない)
でも。
(だからいい)
(……取るか)
目が、少しだけ鋭くなる。
軽さの奥に、本気が混ざる。
(あいつの視線)
(こっち向かせる)
そのまま背を向ける。
次に動くために。
もう、迷いはなかった。




