9. ユリロザは悪くないんだけど、一番はやっぱりダミ(以下略)
昼休になり、私は談話室でロザリア様と一緒に昼食を取っていた。
学園には食堂もあるが、ロザリア様は騒がしい場所をあまり好まれない。そのため昼食はいつも、高位貴族用の談話室で取っていた。
限られた人しか入れないため、今日いるのは私とロザリア様だけだった。静かな空気の中、昼食を召し上がっている。
窓の外では今日も雨が降っていた。細い雨粒が窓ガラスを濡らし、外の景色をぼんやりと滲ませている。
雨の日が苦手なロザリア様は、やはり顔色が少し悪かった。赤い瞳にも疲れが滲んでいる。
「ミントティーを淹れてまいります」
そう言って立ち上がろうとした、その時だった。
談話室の扉が開く。
「ロザリア」
聞き覚えのある穏やかな声。
そこにいた人物を見てロザリア様の眉が、怪訝そうに動いた。
「……ユリウス殿下」
「久しぶりだね」
入ってきたのは、編入してきたばかりのユリウスだった。
ロザリア様の頭痛が目に見えて悪化した気がした。
彼はロザリア様の向かいへ腰を下ろす。その所作は優雅で、隙がない。にこにこと微笑んでいるが、ロザリア様は明らかに警戒していた。
私はその様子を少し離れた位置から静かに見守りながら、前世でした妄想を思い出していた。
(ユリロザ……懐かしいなぁ)
ユリウス×ロザリア
幼い頃に接点があったため、前世でも数は少ないながら妄想する人がいた組み合わせだ。少なくともダミロザよりはいた。
前世で、ロザリア様を幸せにするためのカップリングを妄想し続けていた私である。もちろんユリウスとロザリア様の組み合わせを考えたこともあった。
何しろ彼はこの国の第二王子である。ロザリア様を守れる立場という意味では申し分ない。
性格も一見温和で、さらにこの絶世の美貌だ。ロザリア様と並べば、さぞ絵になるだろう。
だが、ユリウスには少し引っかかるところがあった。
原作の彼は、温和な言動の裏で、人の派閥争いや権力関係をまるでチェスの盤面のように眺めるところがある。
第二王子という立場上、そうならざるを得なかったのかもしれない。だがその胡散臭さがどうにも気になって、ユリロザ妄想はあまり捗らなかったのだ。
つまりダミロザが至高にて最高なのである。
「何か御用でしょうか」
ロザリア様が静かに尋ねる。
するとユリウス殿下は、ちらりと私を見た。席を外せ、ということだろう。
私が引こうとするより早く、ロザリア様が言った。
「彼女のことはお気になさらず。私の侍女ですので」
「へえ」
ユリウス殿下は、少しだけ驚いたように声を漏らす。
「信頼しているんだね」
にっこり笑って言う。
ロザリア様は何も答えず、紅茶に口をつけた。
「まぁいいか」と彼はぼやいた後、少し声を低めた。
「僕が留学先から戻ってきた理由は分かるかい?」
「……アラン様の件ですね」
「ご名答」
ユリウス殿下は目を細めた。
「君と兄上が婚約破棄をした。そこまでは、まだ立て直しようがあったんだ」
彼は膝の上で指先を組み、淡々と言葉を続ける。
「問題はそのあとだ。兄上は公務を放り出し、精神的にも不安定だという噂まで飛び交っている」
その噂は私の耳にも届いていた。
アランは婚約破棄のあと、しばらく学園を休んでいた。復帰してからも、以前のような明るさはなかった。どこかぼんやりしていて、まるで魂が抜けたように過ごしている。
原作のアランは強い光に満ちたキャラクターだった。鮮やかで、華やかで、その眩しさで多くのファンを魅了していた。そのため今の姿を見るたびに、原作との違いが胸の奥をざわつかせた。
ユリウスは独り言のように言う。
「僕が国を離れていれば、兄上に不満を持つ者たちも諦めると思っていた。どうやら、甘かったらしい」
「殿下を推す声が高まっていますものね」
「ああ」
ユリウスは頷く。
そして、まっすぐロザリア様を見据えた。
「兄上を王太子として立て直すには、君の存在が一番大きい」
嫌な予感がした。私は息を詰め、彼の次の言葉を待つ。
短い沈黙のあと、ユリウスは言った。
「もう一度、兄上の婚約者になってほしい」
時間が止まったようだった。窓の外で降り続ける雨音だけが、沈黙を埋めていく。
最初に口を開いたのは、ロザリア様だった。
「申し訳ございませんが」
感情の乗らない、冷えた声だった。
「私はもう、アラン様のために生きるつもりはありません」
その言葉は静かだったが、強い意志が滲んでいた。
ユリウスがわずかに息を呑む。そして過去の記憶を思い出すように、言葉を並べていく。
「……私が覚えている君は、いつも王妃になるための勉強をしていた。何を尋ねても、兄上と王家のためだと答えていた」
「……」
ロザリア様は何も答えない。
ユリウスは先ほどまでの穏やかな笑みを消し、真剣な声で尋ねた。
「何が、君を変えた?」
その問いにも、ロザリア様は答えなかった。
揺るぎない赤い瞳で、ただユリウスを見つめ返す。
沈黙が続く。ユリウスはしばらくロザリア様の表情を見つめていたが、一瞬だけ私へ視線を向けた。
緑の瞳に見つめられた瞬間、心臓が嫌な音を立てる。私は一言も発していないのに、何かを見透かされたような気がした。
だが次の瞬間、ユリウスはふっと雰囲気を変えた。いつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「急にごめんね。性急すぎた」
「……いえ」
ロザリア様は短く答え、カップに口をつける。ユリウスは席を立ち、扉の方へ歩いていった。
そして一度だけ振り返る。
「また会いに来るね」
その言葉はロザリア様に向けられたもののはずなのに、彼の瞳はなぜか私を見ていた。
背筋に冷たいものが流れるのを感じながら、私は閉まった扉を見つめていた。
次回は8/30に更新します!




