10. おもしれぇ女
後日、私は一人で旧校舎裏のベンチでサンドウィッチを食べていた。
今日はロザリア様が商会の仕事で学園をお休みされている。私も一緒に休もうとしたのだが、ロザリア様から「休むほど成績に余裕はないでしょう?」と叱られてしまった。正論すぎて言葉が出ない。
ロザリア様がいない以上、高位貴族用の談話室は使えない。かといって食堂へ行くにも、気軽に一緒に食事ができる友人はいない。
(ぼっち飯なんて全然寂しくないけど!)
自分に強く言い聞かせながら、サンドウィッチを一口かじる。ハムと卵が挟まれていて大変おいしかった。寂しくなどない。
ぼっちに優しいこの場所を見つけたのは偶然だった。
薬草学の授業は旧校舎で行われている。その帰り道、校舎裏にある小さな庭園を見つけたのだ。
きちんと手入れはされているものの、本校舎の庭園に比べれば規模はかなり小さい。だがその分人通りがほとんどなく、静かだった。
少し離れた場所では、雨上がりの葉が風に揺れている。湿った土と草の匂いがかすかに漂っていた。
サンドウィッチを食べ終え、そろそろ勉強しようと参考書を開こうとした、その時だった。
「やあ」
穏やかな声が背後から聞こえて心臓が跳ねる。
振り向いた先に立っていたのは、ユリウスだった。
「で、殿下……!」
私は慌てて立ち上がろうとする。
しかしユリウスは軽く手を上げた。
「ああ、いいよ。座っていて」
子爵家の娘である私にも、驚くほど気さくな物言いだった。
とはいえ、相手は第二王子である。座ったままというわけにもいかずに戸惑っていると、ユリウスは当然のように隣へ腰を下ろした。
「ほら、君も座って」
「……失礼いたします」
促されるまま、私はぎこちなく再びベンチへ腰を下ろした。一方で頭の中は、完全に混乱していた。
(なぜユリウスが私のところへ……!?)
普通に考えれば辺境の子爵家の娘であり、しかも侍女でもある私など、第二王子が興味を持つ相手ではない。
だが彼はまるで以前からここへ来るつもりだったかのように、穏やかな顔で隣に座っている。
彼はゆっくりと口を開いた。
「前に、ロザリアに兄上ともう一度婚約してほしいという話をしただろう?」
「……はい」
私は警戒しながら頷いた。あの提案を聞いたとき、正直なところ怒りで頭が沸騰しそうになった。
ロザリア様がどれほどひどい形でアランから婚約破棄されたのか、全て最初から語って差し上げようかと思ったくらいである。
するとユリウスは驚くべきことを言った。
「その件、君からも説得してくれない?」
「──は」
間抜けな声が漏れた。あまりにも予想外すぎて、開いた口が塞がらない。喉の奥から怒りがせり上がるが、感情のまま言葉をぶつけるわけにはいかない。
どうにか不敬にならないよう、私は慎重に言葉を選んだ。
「私は一介の侍女に過ぎません。主人の意向に口を出すことなど……」
「君ならできるだろう?」
確信めいた口調にぎくりとする。
ユリウスの緑の瞳が、すっと細められた。まるで盤面上にある駒の位置を確認するように、私を見ている。
「あのロザリアが、自分に関わる話に侍女を同席させるなんて普通はありえない」
「……」
「それに、王妃の地位を捨てたこともね。あれは、彼女が長年望んでいた地位だったはずだ」
「それは、以前のロザリア様が望んでいたものです」
思わず反発していた。言ってから、しまったと思う。
けれどユリウスは怒るどころか、面白そうに笑うだけだった。
「やっぱり、君はロザリアの変化をよく知っているんだね」
指先で私を示しながら、ユリウスは続ける。
「君にとっても悪い話ではないはずだよ。ロザリアが王妃になれば、君は王妃付きの侍女になれる」
「……」
「今の地位と比べれば、よほど名誉な立場だ」
世間一般から見れば、ユリウスの言葉は正しいのだろう。
王妃付きの侍女。それは確かに名誉ある地位だ。子爵家の娘としては望んでも簡単に届く場所ではない。
だが、私にとってそんなことはどうでもよかった。
私は名誉のためにロザリア様のそばにいるのではない。私がいたいのは、ロザリア様が望む未来の中だ。
膝の上で拳を握りしめる。
「私は、自分の利益など興味ありません」
声が、思ったよりはっきり出た。
私はユリウスの緑の瞳をまっすぐ見据える。
「私が願っているのは──ロザリア様の幸せだけです!」
そう言い切った瞬間、ユリウスの瞳がわずかに開かれた。
彼はしばらく、まじまじと私の顔を観察する。恐ろしく整った顔で見つめられると、ひどく居心地が悪い。
だが、ここで目を逸らしたら負けだ。そう思って私は必死に視線を逸らさず見つめ返した。
やがてユリウスは楽しそうに笑った。
「へえ。君、面白いね」
その瞬間、ぞわりと悪寒が走った。嫌な直感が走る。
どうやら私は、とんでもなく厄介な人に興味を持たれてしまったらしい。
ユリウスはベンチから立ち上がり、私の前に立った。おそおそる見上げると、彼は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「ロザリアが休みの日、君はここにいるのかな?」
「……ええ」
「なら、僕も時々来ることにするよ」
「へ!?」
とんでもない提案に、思わず声が裏返った。
嫌だ。ユリウスと二人きりで昼食など、平穏な学園生活に大きなヒビが入る。いや、ヒビどころか粉砕される。
私は苦肉の策で言葉を絞り出した。
「で、殿下が、私なんかと二人きりで昼食を取っていると噂になれば、殿下にもご迷惑が……」
「ここは人通りが少ないから、噂にはならないと思うよ」
「そういう問題ではありません!」
「では、ロザリアのところへ行こうかな。彼女に直接相談した方が早そうだ」
「ここでお待ちしております!!」
即答だった。
ロザリア様はただでさえお忙しい。
学園の勉強に、商会の仕事。そのうえ、アランや王家に関わる問題まで背負わされている。
ここでさらにユリウスの相手までさせるわけにはいかない。
(私がここに来ることで済むなら……!)
私に選択肢などなかった。ロザリア様の幸せのために、できることをするだけだ。
観念した私を見て、ユリウスは満足そうに笑った。
「おもしれぇ女」枠に入っちまいましたね・・・。
次回からは、毎月第1日曜日の夜に更新予定です!
のんびりお待ちいただけたら嬉しいです!




