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【書籍①巻 8/3発売!】 推しの悪女の侍女になりました 〜断罪フラグ? 推し愛で全てへし折ります〜【コミカライズ進行中】  作者: 海城あおの
第四章 ソレイユ学園編

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7. ロザリア様の隣に立つために


 名前を呼ばれた瞬間、足先が氷のように冷えていく。立ち上がろうとした膝にうまく力が入らない。

 教卓まで歩くほんのわずかな距離が、ひどく長い。

 教師から答案を受け取る手がかすかに震える。顔を上げることができず、教師の顔を見ることもできなかった。

 教室のどこかからくすくすと笑う声が聞こえ、消えてしまいたくなる。


 その日はどんな風に授業を受け、どんな風に放課後を迎えたのか、ほとんど覚えていない。

 気づけば私は放心状態のまま馬車に乗り、向かいに座るロザリア様に震える声で謝っていた。


「も、申し訳ございません、ロザリア様……」


 頭を下げる。膝の上で握った手が、情けないほど震えていた。

 私の謝罪を聞いたロザリア様は淡々と言った。


「編入してまだ二週間しか経っていないのだし、気にする必要はないわ」


 慰めの言葉だった。だが胸の奥に込み上げてきたのは安堵ではなく、悔しさだった。

 私は唇を噛み、拳を握りしめる。

 エルフェリア王立学園は、国内でも一番の学園だ。高位貴族や有力貴族の令嬢が集まり、将来国を支える者たちが学ぶ場所である。

 当然、成績も重視される。月に一度は中規模の試験が行われ、その答案は成績の良い順に名前を呼ばれて返却されるのだ。


 そして今日、私は一番最後に名前を呼ばれた。

 全員の前で、クラス最下位だと告げられたのである。


 私一人の失敗なら、まだよかった。だが私は、ロザリア様の推薦でこの学園へ編入している。学費まで負担していただいている身だ。

 そんな私が最下位になった。

 その事実がロザリア様の名に傷をつけてしまったようで、羞恥が全身に広がっていく。

 そんな私を見て、ロザリア様は静かに名前を呼んだ。


「ソレイユ」

「は、はい」

「しばらく侍女の仕事は休みなさい」


 息が止まり、頭が真っ白になる。

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「い、いえ! お休みをいただかなくても、次回の試験では必ず──」

「そんな顔で働かれるのも、試験で点を取れずに悩まれるのも、どちらも迷惑よ」


 ぴしゃりと言われ、私は言葉を失った。

 ロザリア様の赤い瞳がまっすぐに私を見据えている。


「中途半端に両方やろうとするのはやめなさい」

「っ……はい」


 正論だった。私は拳を握りしめ、うつむいた。

 ロザリア様に呆れられてしまった。その事実が何より辛い。

 馬車の中に、重い沈黙が落ちる。車輪の音だけがやけに大きく聞こえた。

 やがてロザリア様は消え入りそうな声で言った。


「……分からないことは、聞いていいから」


 あまりにも小さな声だった。私はばっと顔を上げる。

 ロザリア様は、馬車の外へ視線を向けていた。窓の向こうを眺める横顔は、いつも通り美しかった。

 胸の奥にじわりと熱が戻ってくる。

 ロザリア様は私を見捨てたわけではない。私が立ち直るために、厳しい言葉をくれたのだ。

 膝の上で拳を握り直す。


(何としてでも、一か月で結果を出す……!)


 その日から、猛烈な勉強の日々が始まった。

 朝五時に起き、夜十二時に眠る。前世では高校受験のために猛勉強したことがあるが、あの頃以上かもしれない。

 勉強は嫌いではなかった。前世では県内の進学校に通っていたし、試験や模試の勉強もそれなりにこなしていた。

 しかし、この世界の学問は前世とはまるで違うのがネックだった。今回の試験でも、貴族法と魔法学の点数が伸び悩み、それが最下位という結果に直結してしまった。


(それでも、やるしかない!)


 机に向かい、一心不乱にペンを動かす。分からない単語を書き出し、教科書を何度も読み返し、間違えた問題を繰り返し解いた。

 学園の休み時間にも、馬車での登下校中にも、私は教科書を開き続けた。少しでも時間があれば頭に叩き込んだ。


 学園が休みの日も同じだった。朝から机に向かい、ノートにペンを走らせ続ける。

 太陽が高く昇った頃、扉を叩く音でようやく我に返った。同時にお腹が盛大に鳴る。


「……っ」


 慌てて腹を押さえながら返事をすると、扉の向こうから先輩メイドのミタリーが入ってきた。

 手にはトレイを持っており、カップとサンドウィッチが載っていた。


「ソレイユ、大丈夫?」

「は、はい……!」

「全然大丈夫そうじゃない顔ね」


 ミタリーは苦笑しながら、机の端へトレイを置いた。


「これ、食べて。メイドたちみんな応援しているわ」


 彼女たちの優しさに、じわりと涙が滲む。


「ありがとうございます……!」

「いいのよ」


 ミタリーはやわらかく微笑んだ。

 しかし次の瞬間、その目がすっと細くなる。


「ここ数日、ロザリア様の機嫌が大変悪いの」

「え」

「だから貴方は、ちゃんと食べて、ちゃんと勉強して、次の試験で良い成績を取ってね?」

「は、はい」


 有無を言わせぬ圧に、私はこくこくと頷いた。

 ミタリーは小さく息を吐き、少しだけ声を落とす。


「……ロザリア様を安心させてあげなさい」


 その言葉に胸が詰まる。

 私は強く頷き、サンドウィッチを口へ運んだ。


 数日後。

 馬車の中で教科書を開いていると、ロザリア様は鞄から一冊の書籍を取り出した。そして私に差し出す。


「こ、こちらは?」

「もう使わないから、あげるわ」

「!」


 私は両手で受け取った。

 表紙を見ると、どうやら貴族法に関する参考書らしい。


「ありがとうございます!」


(ロザリア様から本をいただけるなんて!)


 胸がいっぱいになり、私は大切に抱えるようにして部屋へ戻った。 


 しかし参考書を開いた瞬間、息を呑む。


 空白部分に細かな字がびっしりと書き込まれていた。全てロザリア様の字だった。何度も読み返し、考え、理解しようとした跡がそこに残っていた。

 視界がじわりと滲み、私は慌てて袖で涙を拭う。

 そうだったと私は改めて痛感する。ロザリア様は決して表には出さないが、血が滲むような努力を積み重ねてきた人なのだ。


(必ず、次の試験では良い成績を取る)


 私は参考書を抱きしめるようにして、強く誓った。


 散々な目にあった試験から一ヶ月後。

 再び試験を受け、答案が返却される日がやってきた。教室に入ると、アネットとロレーヌの声が耳に届く。


「試験の返却、楽しみですわね」

「ロザリア様のお顔が泥だらけにならないといいのですが」


 私は何も言い返さず、着席した。名前が呼ばれるその時を待つ。

 やがて答案の束を手にした教師が教室へ入ってきた。

 教室の空気がわずかに引き締まる。教師は一枚目を手に取り、名前を呼んだ。


「ロザリア・ヴァレンティーノ」

「はい」


 前回も今回も、一番に名前を呼ばれたのはロザリア様だった。

 彼女は誇ることもなく、いつも通りの落ち着いた足取りで答案を受け取りに行く。教室中の視線が、それを当然の結果として受け止めるように彼女へ向けられていた。

 やがてロザリア様が席へ戻ると、教室の空気がわずかに張り詰める。

 次に誰の名前が呼ばれるのか。誰も口にはしないが、全員が耳を澄ませているのが分かった。

 

 努力はした。できることは全部やった。それでも、名前を呼ばれるまでは結果など分からない。

 膝の上で握った手にじわりと汗が滲む。


 そして教師は、次の名前を呼んだ。




ソレイユがいなくて不機嫌なロザリアかわいいですね(本人には絶対言いませんが)





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