5. 魂が結んだ友人
まるで楽しい物語を語るように、ヴェルは穏やかな声で言った。
「あの悪女と呼ばれていたロザリア様と親しくなって、次々と新しい商品を作って、私の知らなかった世界がどんどん広がっていく。見返りを求めず、ただ真っ直ぐロザリア様を愛している貴方を、私はずっと見ていた」
懐かしむように目を細めたあと、ヴェルは静かに微笑んだ。
「……気づけば、貴方を嫌いになれなくなっていたの」
その言葉に胸の奥が熱くなる。
ヴェルは一度まぶたを伏せた。長い沈黙のあと、改めて私を見据える。
「貴方になら、ソレイユ・フランの体を託してもいい。そう思ったの。だから、奪ったなんて思わないで」
胸の奥がきゅっと痛む。ヴェルの声に責める響きはなかった。
視界がにじむ。喉の奥が震えて、うまく言葉が出てこなかった。
私はただ感謝を伝えるように深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
部屋の中に温かな空気が満ちていく。
けれどその空気を破るように、少し呆れた声が頭上から降ってきた。
「ダミロザ小説を書いたり、部屋のロザリア様の祭壇に祈ったりするのは本っ当にやめてほしかったけど……」
「本当にすみません、反省しています!!」
己の所業を思い出し、これ以上下がらないほど下げていた頭をさらに下げる。
許されるなら、床にめり込む勢いで頭を下げたい。むしろこのまま地中深くへ埋まりたい。
すると、ふふっと軽い笑い声が聞こえた。おそるおそる顔を上げると、ヴェルはどこか悪戯っぽく笑っていた。
「お詫びは、私への治療費でいいわ」
「そ、それはもちろんです! 全力で稼がせていただきます!!」
私は両拳を握りしめて宣誓するように答えた。
しかし次の瞬間、ヴェルの表情がすっと暗くなる。
「ただ、これからは両親じゃなくて、私宛てに送ってくれる?」
「え?」
「両親にはうまく言っておくわ」
ヴェルは視線を落とし、シーツの上で指先を握った。
「あの人たち、薬代以外にも仕送りを使っていたのよ。装飾品とか、酒代とかね」
言葉が出なかった。
ソレイユがどれほど慎ましく暮らしていたか、私は知っている。華やかな王都にいながら欲しいものを我慢し、食事も衣服も必要最低限にして、給金のほとんどを実家へ送っていた。
そのお金はヴェルの命を繋ぐために使われていると思っていた。だから私も同じように送り続けてきた。
それなのに両親の娯楽に使われていたというのか。胸の奥にじわじわと怒りが広がっていく。
「あの人たちは、私が送ったお金を家に入る当然のお金だと思っていたのよ」
ヴェルは静かな声で言った。
抑えてはいるが、その声には確かな怒りが滲んでいた。
私でさえこれほど腹が立っているのだ。実の娘であるソレイユが抱えてきた怒りは、きっとこんなものではないだろう。
「両親には、少し懲りてもらわないと」
「はい」
私は強く頷いた。
その反応にヴェルは少しだけ救われたように笑う。ほんのわずかに表情が和らいだのを見て、私も胸を撫で下ろした。
ヴェルは窓の外へ視線を向ける。薄いカーテン越しに差し込む光が、彼女の横顔を淡く照らしていた。
「元気になったら、海へ行くわ」
「海、ですか?」
「ええ。あの子がずっと行きたがっていたから」
その声には、弟への深い愛情が滲んでいた。
どうかその願いが叶いますように。そう祈るようにして、私は静かに頷いた。
その後、ヴェルは様々な話をしてくれた。
両親は驚くほどヴェルに甘いこと。
働かずに本ばかり読める今の生活は、正直そこまで悪くないこと。
けれど話し相手がいないのは退屈なこと。
そしてロザリア様は最初、本当に怖かったこと。
「あの赤い目で睨まれたら、普通は泣くわ」
「分かります。最高ですよね」
「そういうところよ」
呆れたように言われてしまった。
気づけば窓の外は夕焼けに染まっていた。橙色の光が部屋の中へ差し込み、ヴェルの顔を柔らかく照らしている。
一通り話し終えたヴェルは、満足そうに腕を上げ、軽く伸びをした。
「あー、話した話した。この生活は楽だけど、喋れる人がいないのが辛くて」
「それだったら……」
その言葉を聞いた瞬間、一つの案が浮かんだ。
私は少し緊張しながら口を開く。
「私と、友人になりませんか?」
ヴェルはきょとんと目を瞬かせた。
「友人?」
「はい。侍女の仕事もありますし、これから学園にも通うので、頻繁に会いに来られないと思います。でも文通なら……」
私は真っ直ぐヴェルを見る。
「私は、貴方がこれから見るものを知りたい。それに私がロザリア様のお側で見たものも、貴方に伝えたい」
ヴェルはしばらく黙っていた。
やがて、目元を緩める。
「……それは、楽しそうね」
優しく微笑み、頷いてくれた。胸がふっと温かくなる。
私は小さく息を吐いたあと、つい本音が溢れた。
「……ついでに、ダミロザの話も少し」
「そっちが本音でしょう?」
「な、なぜ分かったんですか……!」
ぎくりとして慌てて誤魔化そうとしたが、完全に見抜かれていた。
降参するように呟くと、ヴェルはふっと笑った。
「分かるわよ。一年も貴方のことを見ていたんだから」
「……それは、そうですね」
彼女は私のダミロザ小説も、ロザリア様の祭壇も、私の言動も、全部見てきたのだ。
そう考えると再び羞恥で消えたくなる。
ヴェルは独り言のように、ぽつりと言った。
「それにしても魂って、案外簡単には消えないのかもしれないわね」
私は頷いた。
ソレイユとヴェルの魂が、入れ替わるように存在していたこと。
前世で死んだはずの私が、この世界でソレイユとして生きていること。
どれも普通ならありえない話だが、実際に起きている。
ヴェルは窓の外を見つめながら続けた。
「私みたいに体のそばで魂が漂っている人が、他にいるのかも」
何故だろうか。その言葉が、妙に耳の奥へ残った。
ヴェルとこれから文通をすることを約束し、私は屋敷を出た。外に出ると、夕日は森の向こうへ沈みかけていた。
ロザリア様という大切な方はいる。けれどこの世界で、友人と呼べる相手ができたのは初めてだった。
胸に温かくなるのを感じながら、私はフラン家の屋敷を後にした。
「ダミロザ小説を書いたり、部屋のロザリア様の祭壇に祈ったりするのは、本っ当にやめてほしかったけど……」
→ それはほんとそう。
ちなみに書籍の初回限定版特典では、ロザリアの祭壇を作るソレイユを見ることができます!
…やりたい放題やってますねこの侍女(今更)




