森からの帰還
実験体が消えた後も、森の空気が張り詰めたままだった。
紫の魔力の残滓が、まだ微かに漂っている。
ノアはゆっくりと周囲を見渡した。
「・・・終わってない」
その視線は、奥――黒い柱へと向いている。
フウカが一歩前へ出た。
「供給源が生きています。あれを破壊しなければ同様の個体が再生する可能性があります」
ユウトが眉をひそめる。
「つまり、元を絶たないと意味がないってことか」
「はい」
短く、確信のある返答だった。
ノアは頷いた。
「じゃあ壊す!」
その一言で全員が動いた。
黒い柱の前に立つ。
近づくほどにその異様さが際立つ。
まるで生きているかのように、紋様が脈打っている。
リアナが低く呟く。
「これはかなり高度な魔術構造ね」
「連邦国の技術?」
「いえ、もっと古い・・・あるいはどこか別の・・・」
言葉を濁す。
フウカが静かに手をかざす。
翡翠色の光が柱の表面をなぞる。
「内部に魔力核。外殻を破壊しても再生します」
「それで?」
「一点集中で核を断つべきです」
ノアが刀に手をかける。
「簡単に言うな!」
「ノア殿なら可能です」
迷いのない声だ。
ノアは小さく息を吐いた。
「・・・任せろ!」
その瞬間、空気が歪んだ。
ビリッと耳鳴りのような音。
柱の紋様が一斉に光る。
「来るっす!」
ウキが叫んだ。
地面から黒い腕のような影が這い出る。
数十・・・いやそれ以上。
ノアは構えた。
「まとめて来い!」
翡翠の結界が広がる。
フウカが告げる・
「三秒、時間を作ります」
ユウトが前へ出る。
「俺も稼ぐ」
セリナが笑う。
「やるしかないな」
一斉に影が襲い掛かる。
結界が軋む。
ナディアとアイナの矢が空を裂く。
リアナの雷が影を焼く。
新人三人も必死に食らいつく。
だが、数が多すぎて、押されていた。
「ノア姉さま・・・」
オルフェリアが心配そな表情で、祈るように胸の前で掌を組んだ。
その時。
「ノア様今です!」
フウカの声が響く。
その瞬間、ノアが踏み込んだ。
一直線に影をすり抜ける。
柱の前へ出た。
刀が光を帯びる。
「終わりだ」
大きく刀を振り上げ一気に振り下ろす。
一閃。
縦に深く、迷いなく光が柱を貫いた。
静寂。
一拍遅れて、黒い柱が内側から崩壊する。
紫の魔力が爆発的に吹き出した。
だがそれも、すぐに霧散していく。
影が消えた。
そして森が静けさを取り戻す。
ノアは刀を収めた。
「これで終わった?」
フウカが周囲を確認する。
「はい、魔力の供給は完全に停止しました」
ユウトが息を吐く。
「やれやれ・・・派手にやったな」
ナディアが笑う。
「でもスッキリしたね」
新人三人も安堵の表情を浮かべていた。
――だが、フウカの視線は、遠くを見ている。
「ノア殿」
「ん?」
「これは、前触れです」
静かな声。
「本番は、これからです」
ノアの目が、わずかに鋭くなる。
「まだか・・・」
その視線の先には、まだ見ぬ戦いがあった。
黒い柱が崩壊し、森に静寂が戻る。
微かに漂っていた魔力の残滓も、やがて風に溶けていった。
「これで本当に終わりだな」
ユウトが周囲を見渡す。
フウカが小さく頷く。
「はい、異常反応は消えました」
ノアは森の奥を一瞥し、背を向けた。
「帰ろう!」
森を抜けると夕暮れの光が差し込んでいた。
茜色に染まる空。
バルデックの城壁が遠くに見える。
新人三人はどこか誇らしげだ。
「わたしたちもやれましたね」
「うん」
エルナが拳を握る。
ノアがちらりと見て「まあまあだな」と一言。
「ええっ!?」
だが口元はわずかに緩んでいた。
城門を潜ると、街の喧騒が戻ってくる。
人々がこちらを見てざわつく。
「帰って来たぞ!」
「勇者様だ!」
子供が駆け寄る。
ウキがなぜか胸を張っていた。
「オイラ達が森を平和にしたっす!」
「お前は騒いでいただけだろ」
ナディアが突っ込みを入れ、メンバーに笑いが広がった。
ギルドの扉を開けると、中はいつもの活気に包まれていた。
だがノア達を見ると、一気に空気が変わった。
「戻ったか」
ギルド長のココネが腕を組んで立っていた。
「報告を聞くからあちらへ」
ギルド内にある食堂に移動し、そこで話をした。
「どうなった?」
ココネがノアに向かって聞いた。
「うん、魔力増幅装置を破壊した。連邦国の実験のようだ」
ココネの目が鋭くなった。
「やっぱり動いているか・・・」
フウカがココネの元へ。
「侵攻は時間の問題だと思われます。
ギルド内が静まり返った。
ノアがまっすぐにココネを見つめて言った。
「準備を進めるよ。もう待たない」
ココネはゆっくり頷いた。
「わかった、全力で支援するよ」
新人三人は互いに顔を見合わせた。
戦いは終わっていない、むしろ始まりだ。
ノアは思った。
連邦国、その名が確実に近づいていると。
お読みいただきありがとうございます。




