あえかなるもの(2)
――俺は自殺も考えた。
手元には睡眠薬や抗不安薬があったので、それを一気に飲めばいつでも死ぬことはできたのだ。……でも、俺には実行に移すほどの勇気がなかった。
それに、桜花の『生きて』という言葉を思いだし、俺はなんとしてでも生きたかった。桜花がその命を犠牲にまでして紡いでくれた命を、無駄にはしたくなかったのだ。
どれだけの思いで俺をかばってくれたのかはわからない。だが、それを無駄にするなど、桜花の決死の覚悟を踏みにじるようなものだ。
だからこそ、俺は生きたかった。
どれだけ醜くとも、どれだけ死ねと言われても、俺は生きたかった。桜花の積み上げてきたものを、無駄にはしたくなかったのだ。
十四歳になる頃のこと、当時の光景がフラッシュバックし、それはより強まった。
自分が弱かったから、桜花が殺された――ならば、強くなればいい。守ることはできなかったが、もう二度とあんなことは起こしたくなかった。
俺は家にあった丈夫な木の棒を振り、力を求めた。
恐怖に屈さないだけの胆力を、大切なものを守れるだけの戦闘力を、俺は強く求めた。
この胸に、消えかけていた決意を灯して――。
そうして世間は俺たちのことを忘れていき、俺は高校生になった。
長年の治療の甲斐あってか、俺は以前のように学校へ通えるまで回復した。ただ、一般的な普通科ではなく、少々特殊な学校ではあったのだが。
だがしかし、俺は過去の呪縛から解放されることはなかった。
深く心の底に刻まれた傷は癒えず、俺の精神を蝕む。でも、俺はそれでよかったのだ。
一刻も早く両親を安心させてあげたかったし、完全には忘れ去りたくなかった。
この痛みを忘れてしまえば、桜花のことすらも忘れてしまうかもしれない……。それが怖くて嫌で、どうしようもなくこの痛みを忘れることはできなかった。
―― ―― ―― ―― ――
窓の外を見れば、日が昇り空が朝焼ける頃になっていた。
ずっと深夜から起きていたからか、まぶたが重い。気を抜けば、すぐにでも寝てしまいそうだった。
ソータは少し前まで泣いていたのだが、今は泣きつかれて私に膝枕をされながら眠りこけている。
袖は涙で濡れており、顔にも跡が残っていた。
私はソータの髪をなでる。
とてつもない苦労を感じさせるその髪は、いつにも増して白く見えた。
――私は、ソータに対する認識が甘かったのかもしれない。
ソータは何者にも屈さず、一人でも生きていけるほどに強い人だと思っていた。でも、それは見せかけていただけだった。
本当のソータは思っていたよりもずっと繊細で、そして心がもろかった。
大切なものを再び失うことに恐怖して、強くあろうと必死に取り繕う。そうやって神経をすり減らして、日々を過ごしていたのだ。
ソータは幸せなことが怖かったらしい。
もう一度大切なものを失ってしまえば今度こそ本当に壊れてしまいそうで、それが不安で不安でたまらなかったそうだ。
そして、それが積もり積もってトラウマがフラッシュバックしたんだろう、と。
今までは必死に抑え込んできた思いを、ソータは赤裸々に語ってくれた。
酔った勢いに身を任せ、涙を流しながら、それでもすべてをさらけ出して、今までに感じてきた思いの限りを全て――。
守られるだけで、なにもできなかった『後悔』を。惨殺したが、それでも尽きない男に対する『怨み』を。自分のことをなにもわかっていないにもかかわらず、心無い仕打ちをしてきた世間に対する『憎悪』を。
――そして、今でも絶えない心に刻み込まれた『恐怖』を。
ソータは壮絶な人生のすべてを、包み隠さず私に打ち明けてくれた。
これまでに一度も見たことがなかった、ソータの今にも壊れてしまいそうなあの様子……。私はそれを、決して忘れることはできないだろう。
私は、安心したようにぐっすりと寝ているソータの顔を見つめる。
堰を切ったようにすべてを語った今のソータは、不思議と落ち着いていた。今にも壊れてしまいそうな雰囲気は鳴りを潜め、今は静かに眠っている。
熱っぽい呼吸はゆっくりと、ソータの体温はまだ高かった。
――守られているだけではなく、私もソータのことを守ろう。
ソータはなにかあれば、自分だけで解決しようとすることがある。それをそのままにしていれば、きっとまた限界が来るだろう。
それなのに、見ているだけというのはできなかった。
すこしでも、私はソータを支えてあげたい。もう泣いているソータは見たくなかった。
ソータ一人だけが苦しい目に合うのは不公平だ。つらいことがあるのなら私ができる限り肩代わりして、ソータの負担を軽くしてあげるべきだ。
それがパーティーメンバーとして、そしてパートナーとしての勤めだと私は思う。
「……本当に、限界がくる前に頼ってよ」
私はソータの頭をなで続けた。少しでも、ソータが安心していられるように――。




