去る時
ご指摘いただき、アンデットという言葉を『アンデッド』に修正しました。
お手数おかけしますが、誤字脱字・誤用などがあれば誤字報告していただけると助かります。すぐにはできないかもしれませんが、できる限り対応していきたいと思います。
ハロルドに来てからしばらくがたち、予定していたチェイスへと帰る日になった。
知り合いに渡すお見上げなどもきちんと購入済みであり、俺がすでにここでやるべきことは終えていた。
現在俺たちがいるのは、領主館の玄関にほど近い場所だ。ここには俺やアリスとアルバニアに加え、公爵やアメリアとノア、そしてエミリーもいる。
俺たちを見送るために、わざわざ来てくれたのだ。
……ただ、今日チェイスに帰るのは俺とアリスだけである。
「――すみません、個人的な用事で別行動になってしまって」
「それはかまわないけど、別に私たちは姉さんを待っていてもよかったのよ?」
「いえ、それはさすがに心苦しいので、待ってもらうのは……」
どうやらアルバニアは、ハロルドでやっておきたいことができたらしいのだ。急用といったほどではないが、今のうちにやっておいた方がいいことらしい。
少し聞いた話では、同郷者――つまり『スラム』の人間に関することのようだ。
このハロルドにもスラム街はあり、現在もそこで暮らしている者が存在する。そして、なにやらそこでトラブルがあったらしいのだ。
スラムに暮らしているとはいえ、そこにいる全員が悪人というわけではない。中にはどうしようもない理由により、スラムで暮らさざるを得ない者も存在するのだ。
例えば、孤児。
一時期よりは改善されたらしいのだが、身寄りのない子どもはスラムで暮らす者も多いそうである。孤児院も存在はするが、どうやらまだまだ足りないというのが現状だそうだ。
この世界で『戸籍』というものを取り入れている国は、ほんのわずかである。そのために、捨て子が横行しているらしいのだ。
その日を生きることにも苦労するような者たちは、子供を授かったとしても満足に育てることはできないだろう。
生活を切り詰めるにも限界がある。そういった者たちが最終的にどうするのかといえば……。
幸いと言えばいいのか、人身売買は強く取り締まられる。そのため、子どもが売り買いされるといったことはほとんど起こっていない。
戸籍が存在しないために、捨て子の親を見つけることは困難を極める。それに、見つけたとしてもきちんと育てることはできないだろう。
こういった実態があり、国も改善に動いているという話だが、現状はあまり芳しくないそうだ。国家間や魔物の問題で手一杯だからかもしれないが。
アルバニアの用事というのは、同じスラム出身の者に助けを求められたのが発端らしい。
俺たちも協力しようかと聞いたのだが、どうやらその助けを求めた人物は排他的であるらしく、あまり歓迎されないというのだ。
それにアリスはハロルドへ来る前、クレアとどこかに行く約束をしていたそうだ。なので、『それをこちらの都合で待たせたりするのは悪い』とアルバニアは言っていた。
ハロルドに用事ができたので、すでに一度予定を見合わせていたらしいし、二度も私情で中止にするのは確かにまずいよな。
「まぁなにをするのかは聞かないけど、くれぐれも気をつけなさいよ」
「はい、あまり派手に動くつもりはありませんが、心に留めておきますね」
アリスの忠告に、アルバニアはそう答えた。
スラム街で行動するということは、そこに住む者と戦闘することがあるはずだ。だがまぁ、アルバニアであればよほどのことがない限り心配はない。きっとうまくやることだろう。
そんな感じで待っていると、こちらに一台の馬車が近づいてきた。
一等級の乗合馬車を貸し切って、領主館まで迎えに来てくれるように手配していたのだ。
「もうそんな時間になるのか、意外と早いものだ。アリス、もう一度言っておくが、あまりソータ君に迷惑をかけるなよ」
「何度も言われなくてもわかってるわよ」
アリスはあきれたように答える。
確か俺が知っているだけで、すでに二回もくぎを刺されていたからな、そういう反応にもなるだろう。たぶん、俺の知らないところでも言われていただろうし。
「二人共、大丈夫だとは思うけど、いちおう盗賊には気をつけなさい。いくら一等級の乗合馬車とはいえ、襲われることはあるからね」
「母さんと私も十日ほど前に、こちらへ帰ってくる際襲われましたしね」
そういえば、以前にもそんなことを言っていたな。確かそのときはアメリアが魔法を使って撃退したんだったか。
さすがはアリスの母親だ、盗賊を相手にするぐらいは造作もないのだろう。
「アリス様、ソータさん、どうかお体には気をつけてください。病というものは、気が付かぬうちにかかっているものです。ぜひ、そのことをご留意ください」
エミリーは俺たちに頭を下げ、そう口にした。
毅然とした態度をとってはいるが、腹の内では別れを悲しんでいるのがすぐにわかった。あまり付き合いは長くないが、それでもそう理解できてしまうほどに、エミリーは別離の悲しみを抱いているように見える。
「……エミリー、そんなに心配しなくてもここにはまた来るわよ」
「はい、心待ちにしておりますね」
アリスはエミリーの感情には当然気が付いていたようで、気遣いの言葉をかけた。
エミリーはこれ以上アリスに心配をかけたくなかったのか、ほほえみを返す。それは今までエミリーが見せた笑みの中で、もっとも感情の乗った表情だった。
「ソータさん、しばらくの間炊事の方はよろしくお願いします。それと、私がいないとアリスは物を出しっぱなしにすると思いますので、しっかりと注意をお願いしますね」
「あぁ、わかった」
「……姉さん、私はそこまで適当じゃないわよ。あと、ソータもそんなすぐに返事しないで」
アルバニアが言ったことに俺が即座にうなずくと、アリスはそう不満げに反論した。
アリスって意外と物を散らかすタイプの人間なんだよな。だから、アルバニアの言ったことは正当な評価だと、俺は思う。
乗合馬車が俺たちのもとにやってくると、俺とアリスはその中に乗り込んだ。そして、俺たちは見送られながらハロルドを後にするのだった。




