なつかしきの使用人
俺とアリスはエミリーを連れてリビングへと入る。
リビングにあるソファーにはアルバニアが座っており、エミリーを見ると驚愕の表情を顔に浮かべた。
「……えっ? エミリー、なぜあなたがここに……?」
「アリス様とあなたに用事がありまいりました。あなたも元気そうですね」
エミリーはアルバニアと言葉を交わす。そこにはアリスと話していたときのような、過度にかしこまった様子は見られなかった。
「エミリーはそこに座って」
「かしこまりました」
アリスがエミリーにソファーへ座るように促した。俺とアリスもソファーに座る。
位置は俺・アリス・アルバニアと並んで、ローテーブルを隔てたその向かいにエミリーだ。
「さて、じゃあまずはあなたがここに来た理由を聞いてもいいかしら?」
「はい、ですがよろしいので?」
エミリーはなぜか俺を見ながらそう言った。
どんな意図があったのかはわからなかったが、アリスにはしっかりと意図が伝わったらしい。
「かまわないわ、続けて」
「かしこまりました。今回私がここに参ったのは、『ヴァージル様』からの言伝をお伝えするためです」
ヴァージル――『ヴァージル・オルティス』。アリスの父親で、貴族であり爵位は公爵だ。
「父さんが? いったい父さんはなんて?」
「『こっちにも度々お前たちの話が入ってくる、そろそろ一度顔を見せたらどうだ?』とのことです。ヴァージル様はお二人のことを心配されていました」
「……なるほど、そういえば家を出てからもう二年近くになるわね。特に連絡もしていなかったし、そろそろ頃合いかしら?」
あまり気にしたことはなかったが、アリスが家を出てからそんなに時間がたっていたのか。確かにそんな期間、連絡を取っていなかったら心配されるのも必然だろう。
「『ハロルド』へ向かう手筈は整えてありますので、いつでも向かうことができます。どういたしますか?」
「そうねぇ……先送りすると後が怖いし、できるだけ早めに顔を出しておいた方がいいわね。今は特にいそがしいわけではないし、断ることができるような理由も思いつかないし。――はぁ……面倒ね」
アリスは気乗りしない様子で、心底面倒そうにため息をつく。
「ハロルドって、チェイスからだとどれくらいかかるんだ?」
「馬車だと十日もかからないわ、それ以外は知らないけど」
往復で二十日、向こうでの用事を踏まえるとざっと一ヶ月ぐらいか。結構な期間ここを離れることになるな……。
「じゃあ、俺もついて行っていいか?」
「まぁそれはかまわないけど、たぶんなにも面白いことはないわよ? 父さんに顔を見せるだけだし」
「別に面白いことを求めているわけじゃないぞ? ただアリスの親に会ってみたいと思ったんだ。それに、ついて行かないと一ヶ月近くも一人でいることになるしな、それはさすがにきつい」
一人でいると死ぬほどつらくなるわけではないが、本音ではずっとアリスのそばにいたいところだった。
これは俺のわがままではあるんだがな。
「嫌なら無理強いはしないが、どうだ?」
「私はかまわないわよ。気難しい五十代のおじさんとお話しするのに、ソータが付き合いきれるかは知らないけど」
「そこは大丈夫だと思うぞ。まぁ、実際に会ってみないことにはわからないが」
アリスだから気難しく感じるのか、それとも本当にそうなのかはわからないが、さすがに両親には顔を合わせておいた方がいいだろう。
……ん? そういえば父親の話は聞くが、母親の話は一度も聞いたことがないな。
「なぁ、思ったんだがアリスの母親ってなにをしてる人なんだ? 父親が領主なのは知っているが、母親のことは一度も聞いたことがなかったんだよな」
「そういえば、一回も言ったことがなかったわね。母さんは王都で父さんとは分担して書類仕事をしていたりするわ。ハロルドじゃ処理できない類のものは一度王都に送って、それから処理してもらっているの。それなりの頻度でハロルドには帰るけど、多くいても一ヶ月に五日ぐらいじゃないかしら」
父親だけではなく、まさか母親まで書類仕事をしているとは思ってもみなかった。やっぱり公爵家ともなれば、それ相応の責務があったりするのだろう。
「以前は二ヶ月近くも帰ってこられなかったことがありましたね」
「あったわね、でもあのときは特別いそがしかった時期だし、あそこまでのことはなかなかないけどね」
アリスとアルバニアは懐かしそうに語る。
「どっちもいそがしいんだな」
「まぁね、でも暇な時期はあるにはあるし、そこまでハードじゃないみたいよ。……傍からはそうは見えないけど、本人たち的には」
「仕事が趣味みたいな人なのか?」
「どっちもいつも嬉々として仕事をしていたし、そうとも言えるわね」
なんて言うか、物好きな人たちだ。
いったいこの世の中に、仕事を好きでしている者はどれだけいるのだろうか? 少なくとも、俺は室内でこもって書類仕事をするのはごめんこうむる。
「ていうか、こういう話は私に聞くよりも本人たちに聞いた方がいいんじゃない? 私たちでも知らないことはあるし」
「まぁ、それもそうだな」
確かに本人たちに聞いた方が、いろんなことを聞けそうだ。特に自分の仕事に関する感想なんかは、本人しか知らないことだしな。
「エミリー、ハロルドへ行くのに一番都合のいい時間はいつ?」
「私のことはお気になさらず。馬車の手配は済ませてありますので、いつでもいけます」
「それじゃあ準備もあるだろうし、二日後の朝にしましょうか。それでいいかしら?」
アリスが同意を求めてきたので、俺とアルバニアはうなずいた。
「ならこれで決まりね。そういえばエミリーって宿は取ってあるの?」
「はい、すでに取ってあります」
「じゃあ二日後の朝に迎えに来てちょうだい、それまでに準備は終わらせておくわ」
「かしこまりました」
細かな打ち合わせを終えると、その日はエミリーと別れるのだった。




