怪しい女性
アリスと結婚してからしばらく時がたった。
季節はすでに初秋。いくらかは涼しくなり、日が沈むのも早くなってきている。
少し前まではいろいろとバタついていた。
知り合いにアリスと結婚したことを報告したり、結婚祝いを受け取ったりと、なかなか疲れることが多かった。
まぁ、それでも嫌な感じは全くしなかったんだが。
クレアにプロポーズが成功したことを報告すると、心からの祝福が返ってきた。
失敗する心配は特になかったそうだが、それでも自分が少し関わっていただけにホッとしたらしい。
オーウェンに報告すると、いたずらな笑みと共に祝福を返された。
『これでようやくお前とはお仲間だな』だそうだ。
既婚者の立場からアドバイスをもらっていたので、今回もいろいろと助かった。
最後にアベルだが、ここでちょっとトラブルが発生した。
アベルに報告すると、素直な祝福と面倒なことを聞かされた。なんでも、少なくとも国にだけは一報を入れておいた方がいいそうだ。
どういうことなのかというと、アリスは元貴族――いや、今もいちおう貴族ではあるのだが、そのため本来であれば結婚すれば国に報告しなければならないのだ。
ただアリスは実家からすでに出ているため、本来であれば自由の身である。しかし実家になにかがあった場合、アリスは一度帰省しなければならないのだ。
それぐらいであればかまわないのだが、もし実家が政略結婚にアリスを使おうとした場合、今のアリスにはそれを拒否する権利はなかった。だが国へ事前に報告を入れておくと、それを拒否することができるようになるそうなのだ
そういうわけで、国に書類を送ることになった。
詳しいことは何一つわからなかったのだが、そのへんはオーウェンが知り合いのよしみで協力してくれたので、特にトラブルもなく無事に完了した。
アリスと結婚したが、前となにかが大きく変わったということはない。
いつも通り狩りをしたり、屋敷のリビングでゆっくりしたりと、やっていることはなにも変わっていなかった。
――ただ一つだけ、明らかに変わったことがあった。
それは、俺とアリスの距離だ。精神的にも、物理的にも。
前はアリスを見ることは少し遠くからしかできなかったのだが、今は目の前……それも息がかかるほどの距離からアリスを見つめることさえできた。
それがなんとも心地よく、嬉しかった。
―― ―― ―― ―― ――
いつものように屋敷のリビングでゆっくりしていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。
最近は知り合いが訪ねてくることも多々あったので、今回もそれ関連かと思い俺は確認するために外へと出た。そして門を見てみると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
年齢は三十代ほどで、セミロングほどの茶髪を背中で一括りにまとめている。
「――失礼いたします、こちらに『アリス』という方がいらっしゃるとお聞きしたのですが、それは誠でしょうか?」
「まぁ確かにいるが、あんたは誰だ?」
俺は若干警戒をしながらそう答える。
敵意は感じないが、いきなり知らない人が訪ねてきて、それが自身の利益を優先していなかった者などほぼいなかった。
「私はその方の知人にあたる者です。こちらこそお伺いしますが、あなたはいったい何者で?」
「俺もアリスの知人みたいなものだ」
俺はアリスと結婚したことは隠すことにした。
言わなくても別に問題はないだろうしな。それに、俺はこの女性の目的を知らない。
もしアリスと結婚したことがこの女性にとって都合の悪いことだった場合、突然攻撃してきてもおかしくはない。
あまり戦えるようには見えないが、それでも無意味な戦闘をしたいとは思わなかった。杞憂であればいいんだが、警戒しておくに越したことはないだろう。
「それで、あんたはなんの用でここに来たんだ?」
「アリス様あてに、ある方から言伝をお預かりしてまいりました。つきましては、アリス様と面会をお取次ぎ願いたいのですが、よろしいでしょうか?」
女性への警戒心を引き上げる。
急に来た挙句、いきなりアリスに会わせてくれだなんて、いくらなんでも怪しすぎる。『なにか企んでいるのではないか』と、邪推してしまっても仕方がないだろう。
「……いや、あんたの素性を知らないかぎり、ここを通すことはできないな」
「そればかりはご勘弁願います。アリス様に許可をいただかないことには、私の素性をお話しするのは禁じられていますので」
俺はこの女性を追い返すことを視野に入れた。
目的も話さないのに会わせてほしいとは、怪しいにもほどがあるだろう。それに、いつまでたっても平行線な会話と、怪しいことこの上ない女性に辟易する思いだった。
いい加減、この無意味な会話にはうんざりだ。
「――ねぇソータ、いつまでそこにいる気なの……って、えっ!? なんで『エミリー』がここにいるのよ!?」
女性を追い返す算段を考えていると、屋敷からアリスが出てきた。しかも、その発言は明らかに女性のことを知っていると示している。
「少々事情がありまして……それよりも、アリス様がお変わりないようでなによりです」
そう言うや否や、女性はアリスに頭を下げた。
「……なぁアリス、結局この人はなんなんだ?」
「えっと、なんて言えばいいのかしら……まぁ、簡単に言えば実家に雇われている使用人の一人かしら。それも結構世話になった」
「エミリーと申します、お見知りおきを」
「俺はソータだ」
俺とエミリーは会釈を交わす。
実家――つまりは『オルティス公爵家』の使用人か。それにしてもなんて紛らわしいんだ、うっかり追い返すところだったぞ。
……ん? じゃあ、言伝を預けた相手というのは――。
「とにかく、ここで話すのもなんだし中に入りましょう? まだ外は暑いしね」
「お気遣い痛み入ります」
「……まぁ、アリスの実家の使用人なら警戒する必要はないか」
警戒を解くと、俺はアリスとエミリーと共に屋敷へと入っていった。




