共鳴(1)
日は沈み、空は夕闇に包まれている。そんなまだ夜も浅い時間帯に、俺とアリスはフェリクスの森の奥地を目指していた。
ただ、普通に歩いているわけではない。俺は《飛行魔法》を使っており、アリスは俺の背中におんぶされている状態だ。
なぜこんな時間にフェリクスの森へ来ているのかというと、デートのメインディッシュに取っておいたある場所に向かっていたからだ。
そこまでは徒歩で五日ほどだが、飛行魔法を使えば一時間も掛からない。
「――それにしても、こんな時間に町の外へ出るなんて、やっぱり変な感じね」
「まぁ、確かにそうだな。普段は日が昇りきる前には狩りを切り上げるし」
そもそもよっぽどの事情がないかぎり、夜に町の外へ行くなんて普通はしないことだ。
夜になれば暗くなるため視界が悪くなり、夜行性の魔物が活動しだす。そうなれば、普段よりも格段に危険性が高まるのだ。
俺も今回のようなことがない限りは、夜に町の外へ出ようとは思わない。だが目的のためなら、これぐらいの危険は覚悟の上だ。
―― ―― ―― ―― ――
チェイスを出てからおよそ一時間半ほどが過ぎた頃、ようやく目的の場所が見えてきた。
ゆっくりと飛んでいたためか、事前確認に訪れた時よりも時間がかかってしまったのだ。
「すごい……! きれいね!」
「あぁ……本当にな」
その光景を見た俺たちの口から感嘆の声がもれた。
――そこは森の中にある開けた場所であり、そこからホタルのようなものがふよふよと地面から空へと舞い上がっていた。
とても数え切ることはできず、尋常ではない量の光が存在している。
この光の正体は『ライトインセクト』という魔物だ。今はその魔物がサナギからかえっている最中である。
ライトインセクトは夏の限られた一部の期間の夜にだけ羽化し、一斉に飛び立つ。その際に体にある発光器官から光を発し、この幻想的な光景を作り上げるのだ。
この場所は、オーウェンに教えてもらった。
どうやらここはオーウェンが冒険者をしていた頃に見つけたそうで、今まで秘密にしていたらしい。
奥さんにプロポーズする際に使おうとしていたそうなのだが、聞くに場所が場所なため結局使うことはなく、今までずっと秘密にしていたそうだ。
確かに、こんなに綺麗な場所を荒らされたくはないよな。
俺は高度を下げると、開けた場所の端っこの方に着地する。
ライトインセクトのランクはFであり、積極的に攻撃してくるほど狂暴ではなく、害はないに等しかった。
幼虫の頃はあまりおいしくはないそうで、ほかの魔物に襲われることはあまりないそうだ。しかし成虫になると、普通に襲われるようになるらしい。
ただ一匹一匹が弱くとも、この数である。不用意に突っ込んで捕食しようとすれば、群がるように攻撃されることだろう。
だから、今の群を成している状態のライトインセクトには、どんな魔物も近づきはしなかった。この辺にほかの魔物がいないのもそれが理由だろう。
「これ、一匹一匹が魔物なのよね? 放っておいたらすごい事になりそうだわ」
「そうだな。でも、どうやら無事に生き残れるのは千匹中三匹くらいらしいぞ」
ライトインセクトは個ではなく数を重視しているらしく、一度の産卵でとにかくたくさんの卵を産む。しかし次の産卵が行われる時期になれば、その数は激減しているそうだ。
『マンボウと似た感じ』って言うとわかりやすいか。
俺たちはしばらく、うっとりとその光景を眺めていた。
光が地面から湧き出て、空に昇りどこかへと消えてゆく……。そんな一種幻想的な光景は、無限に見ていられるようだった。
「――なぁ、アリス」
「なに?」
俺はアリスに声を掛けた。
そんな唐突の呼びかけに、アリスは顔をこちらに向ける。
「これまでにいろんなことがあったよな。楽しいことだったり、つらいことだったり、悲しいこともあったが……今ではいい思い出だ」
「そうね、本当にいろいろあったわ」
「だからさ、俺は……もっと近くで、アリスと同じ光景を見ていたいと思ったんだ」
自分でも歯の浮くようなセリフを言っていることは自覚しているが、今ばかりは不思議と羞恥心はなかった。
あるのは、切望。
ただ愛おしくて、仕方がなかった。今の俺には、アリスしか見えていない。
俺は地面に片膝をつき、手を前に差し出してアリスの顔を見る。
そこには、少しばかり驚いたアリスの顔があった。だが、もっと驚かせてやる。
覚悟を決め、俺は口を開いた。
「アリス、俺と――結婚してくれ」
しん……っと、その場に静寂が訪れる。
俺の心臓はうるさいが、焦りはなかった。あとはアリスの返事を待つだけだ。
アリスは頬を赤く染め、先ほどよりも驚いた表情を浮かべたまま硬直していた。
口を少し開きそして閉じ、それをしばし繰り返す。しかし、覚悟が決まったようにアリスは俺の手を取り、そして――。
「――えぇ、喜んで」
喜色に満ちた笑みで、アリスはそう答えた。
目尻に小さく涙を浮かべ、染み入るように俺の手を握っている。
「……アリス」
「……ソータ」
俺たちは抱擁を交わした。
言葉を交わさずとも、互いになにを求めているのかがわかった。
心が通じ合うように、俺たちは背に手を回す。それが、とても心地よかった。
しばらくして俺たちは抱擁を解き、見つめ合う。
自然と俺たちの距離が近づいてゆく。
――そして、唇を重ねた。
今まで抑え込んできたものが瓦解し、一人の少女に対する感情を抑えることはできなかった。
愛情が雪崩のように押し寄せ、感涙にむせぶほどの陶酔に支配される。
天にも昇るような甘美のなか、俺は流るるままに身を任せるのだった――。




