紅葉を散らす顔
俺はレナード帝国を後にした。
ミーナから偽装した身分証をもらったので、帝国を囲む長大な城壁は正面突破である。
城壁の外には前哨基地がいくつかあるらしく、なんでも俺がもらったものは、本来そこが出入りできるようになる身分証だそうだ。
まぁ別にそこへ用はないので、ただ城壁を自由に通ることができるようになったというだけだ。しかし、次からわざわざ《ミストインビジブル》を使い、強引に侵入する必要がなくなったのは正直ありがたい。
報酬の宝石を受け取ったのだが、その量は結構なものだった。
優に抱えるほどの量をもらってしまったのだが、それでも現在帝城にある分の一割にも満たないそうだ。
アルドはいったいどれだけ溜め込んでいたんだか……。
宝石の中にはかなり大きく色の濃いものもあり、かなりの価値があるであろうものもがいくつかあった。
適当に袋詰めされていたし、どうやらミーナたちは宝石には興味がないらしい。
宝石はただきれいなだけではなく、魔法的な性質を持つものも存在するみたいだ。
アリスの魔法の杖にも先端に宝石がついていたし、魔法を安定させる効果でもあるんだろうか?
売るのもいいが、宝飾品に加工してもらうのも面白いかもしれない。この中にもそういった特殊な宝石が入っているみたいだしな。
―― ―― ―― ―― ――
チェイスへと帰る前に、試しておきたいことがある。そのために、俺は人里離れた深い森の中まで来ていた。
この辺まで歩いてこようとすれば確実に五日はかかるし、周囲に人は全くいないだろう。
俺は飛行魔法である《フライ》を使ってここまできたのだが、それによりわずか三十分ほどで来ることができていた。飛行魔法様様である。
俺はストレージから『鳥銀のマスク』を取り出した。
鳥銀とあるように、ペストマスクのような尖ったくちばしがあり、銀で作られている。
なんでも毒ガスを無毒化する以外にも、香草を仕込むことによってつねにいい香りを嗅いでいられるようにもできるらしい。
いるか? そんな機能。
「――さて、やるか」
俺は《ポイズンミスト》を使って毒の霧を作り出すと、自分の体の周りに纏わせた。
なぜこんな奇行をしているかだが、理由は簡単である。鳥銀のマスクがきちんと機能しているかを確かめるためだ。
ただ、ちゃんと安全策は取ってある。
もしもの時に備え、魔法を使うことなく解毒できる『解毒のポーション』を用意しておいた。
毒の影響を受けてしまったら、魔法は使えなくなるはずだ。だから、わざわざポーションを用意したのである。
それに加え、俺はある程度毒性を操作し、吸引でしか毒の効果が発動しないようにしてあった。
吸入すれば喉が焼けるように熱く感じ、対処が遅ければ最悪死んでしまうような毒ではあるが、もしもの場合でも後遺症は残らないはずだ。……たぶん。
「……大丈夫そう、だな」
ポイズンミストを自分の体に纏わせてから五分ほどがたった。
呼吸を止めたりは一切していなかったのだが、体調が悪くなったりはしていない。どうやら、この仮面はきちんと動作しているようだ。
俺はポイズンミストを解除すると、少ししてから鳥銀のマスクを顔から外した。
「これはいいものをもらったな」
見た目がどうという話はさておき、これはかなり使える。
マスク型のマジックアイテムに共通して搭載されている、紐などで固定しなくても顔に張り付いてくれる機能もついているし、戦闘でも特に邪魔にはならないだろう。
少し視界は悪くなってしまうが、これなら許容範囲内だ。
俺は鳥銀のマスクの性能に満足すると、飛行魔法で少し急ぎながらチェイスを目指すのだった。
―― ―― ―― ―― ――
チェイスにある俺たちの屋敷へと帰ってきた。
俺はリビングルームの扉を開く。すると、中ではアリスが本を読んでいた。
今は日暮れ前だし、アルバニアは夕食の支度中だろう。
「あっ、ソータ!」
「うん、ただい――」
『ただいま』と言おうとしていると、アリスはなぜか俺に抱き着いてきた。タックルするような勢いだったので、俺は後ろへ吹き飛ばされそうになる。
唐突な一撃に、俺は動揺しかなかった。
「ちょっ……!? いきなりなに!?」
「私、ずっと心配してたんだけど」
アリスは不機嫌な様子で、俺にジト目を向ける。
なぜかアリスと俺の顔はあまりにも近かったため、俺の動揺がさらに加速していく。
「い、いや、どこも怪我してないから安心してよ、ほら」
「違う、そういうことじゃないっ!」
自分の顔を指さしてそう言ったが、アリスは俺の両頬を引っ張った。かるくではあったが、地味に痛い。
「へ? なひが?」
「私は『ソータ』、あなた自身の心配をしているの。急に出かけて、一ヶ月近くも無事かわからなかったのよ? それで帰ってきたと思ったら、そんなへらへらとしているなんて、こういう態度にもなるわ。……ほんと、あまり心配させないでよ」
「いや、えっと……」
頬を引っ張るのは止めてもらえたが、今度は頬を優しく撫でられた。
心配していたというのは嘘ではないようで、アリスは明らかに心配そうな表情を浮かべていた。
そんなアリスから感じる心地よい熱と、フローラルな香りにより、顔が赤面していくのを感じる。
「――に、荷物の整理をしてくる……っ!」
俺は耐えきれず、逃げるようにリビングを後にした。
―― ―― ―― ―― ――
ソータがリビングを出ていった後、アリスはいたずらな笑みを浮かべていた。
「ふふっ、これで仕返しができたわね」
そうつぶやき、アリスはくすくすと笑う。いたずらが成功したためか、今のアリスは上機嫌だった。
――なお、ソータが元の姿へ戻り忘れていることに気が付いたのは、夕食の際にアルバニアに言われてからのことだった。




