引渡し
「――なに? アルドが行方不明になっただと?」
「はい、不自然にアルド様の姿が消えたことにメイドの一人が気づいたそうで……。現在捜索中ですが、あまり芳しくはありません」
執務室で書類に目を通していたカイルは、執事の報告を聞き怪訝な顔を浮かべる。
「部屋の状況は?」
「メイドが発見した当時は、まるでアルド様だけが忽然といなくなったようだったと。アルド様が所有されていた宝石には特に手を付けられた様子もなく、血痕の類も見当たりませんでした」
「……窓から転落したという可能性は?」
「それはないでしょう。窓の外には屋根がありましたし、仮に何らかの形で外になげだされたとしても、死体が見つかるはずです」
カイルは頬杖をつき、しばらく考える素振りを見せる。しかし、いくら考えても疑問が晴れなかったのか、再び顔を上げるカイルの顔は暗いままだ。
「……だから、行方不明――つまりは何者かに誘拐された可能性があるというわけか」
「はい、そうなります。主に暗部を使って捜索しておりますが、無事に発見することは難しいでしょう」
「……チッ、計画を変更しなければならんな」
カイルは舌打ちをした。
計画していたことを行えなくなったからか、カイルは隠しきれぬ怒りをあらわにする。そこに、アルドへの心配は微塵も存在しなかった。
「もういい、アルドのことは切り捨てる。しかし、万が一にも生きていて、うかつに情報を漏らされるのもまずい。アルドの財産をこっちに相続させるのと同時に、身柄を捜索しろ。もし生きているのならば確実に息の根を止め、死体は回収させろ」
「かしこまりました、そのように」
アルドを切り捨てる決断をしたカイルの口は、不敵に弧を描いていた。
―― ―― ―― ―― ――
俺はミーナの部屋にいた。
机を隔てた先のソファーへと座るミーナは、清々しい笑顔を浮かべている。
「……ふふっ、ありがとう、とても助かったわ」
「それはいいけど、ずいぶんと嬉しそうだね。そんなに嬉しいこと?」
「えぇ、今まで手を焼いていたことが一つ解消されたわ。これで、あとはお兄様の対処に集中できる。ふふふっ……」
アルドの暗殺に成功したと報告してからずっとこの調子だ。上機嫌なのはいいが、どこか不気味である。
家族が死んだにもかかわらずそれを喜ぶなど、俺には理解不能だった。
「お兄様はお姉様の財産をひとりじめするつもりだろうけど、さすがにパーティーには間に合わないでしょう。後で財産自体はこっちで回収するとして、今はおとなしくお兄様の好きにさせておくことにするわ。今は焦る必要がないし」
カイルが死んだ場合、現在その財産を相続できるのはミーナとマイルズだけだ。いまカイルの手に渡ったとしても後々で回収すればいいので、特に急いで確保しに回る必要はないのだろう。
「……ねぇ、アルドの死体はどうすればいい? ずっと私が持っておくの?」
「そうね……じゃあ、ベスト」
「はい」
ミーナの後ろに立っていたベストが返事をする。
「お姉様の死体は血を抜いたり防腐処理をしてから、路地裏にでも捨てておいてちょうだい。使い道は特にないし、それでかまわないわ。どうせそうやっていても、お兄様の手の者は見つけるだろうしね」
「仰せのままに」
「アンジェリカちゃんは、あとでベストに死体を渡しておいてちょうだい。パーティーまでは自由にしてても大丈夫よ」
「……わかった」
ずいぶんとえげつないな……。
前に言っていた通り、家族の情なんてものはこれっぽっちも存在せず、血も涙もなかった。これが味方というんだから、戦々恐々するばかりである。
俺はミーナとの会話を切り上げると、ベストに死体を引き渡した。
『いろいろと処理することがあるので、これで』と言われたが、なにをするかを聞きはしなかった。
―― ―― ―― ―― ――
ソータがアルドの死体を引き渡した、次の日の昼頃。
カイルは、執事からアルドに関する続報を受けていた。
「……結局、死体として見つかったか。一体どこで見つかったんだ?」
「東区のとある路地裏です。大きなゴミ箱の中へ袋に詰められた状態で遺棄されておりました。しかし、その状態が妙でして……」
執事は顔をしかめる。その様子は、この先を言っていいのか悩んでいるようだった。
「なんだ、早く言え」
「……アルド様の死体からは血や内蔵が抜かれており、腹の中には代わりに綿が詰められていたそうです。明らかに、何者かによって防腐処理がなされています」
「……例の、暗殺者か」
「可能性は充分にあります。首に刃物を突き刺した鋭い傷もあったそうですし、その癖も全皇帝のリロイ様に残されていたものとも一致するそうです」
カイルは押し黙り、一言も発することはない。
恐怖を感じているのか、手が小刻みに震えているのが確認できた。
「……例の暗殺者が、帝城の敷地内に入ってこれているわけか。ふざけやがって……っ!」
焦燥感によるものか、カイルは拳を強く握りしめる。そして、顔には物凄い剣幕を貼り付けていた。
「護衛の方はどういたしましょう? これ以上強固にすることはできませんが、構成員を再編することはできます。いかがなさいましょうか」
「……いや、このままでいい。再編し、その中に暗殺者でも紛れ込んでいたら目も当てられん。今の体制で万全だと思っておくほかあるまい」
カイルは頭を抱え、そう告げるのだった。




