宝石狂いの最後
目をつむるほどではないが、それなりに強い風が帝城へと吹きつけている。俺はそんな場所で、現状を忌々しく思っていた。
現在は、日が完全に落ちてから一時間ほどたった頃だ。
好ましいことに、空は雲で覆われ星の一つさえ見えはしないため、真っ暗に等しかった。暗殺するのにはもってこいの状況だ。
しかし、想定外のことがある。それは、『強風』だ。
ただ普通にしているだけなら特段支障はないが、《ミストインビジブル》を使うのには最悪といってもいい状況である。
こんな強風ではすぐに霧が流されてしまい、姿を消すどころの話ではない。今いるのが帝城の上階の外というのも、強風が吹く要因の一つだろう。
……あまりにもうっとうしすぎる。日を改めるべきか否か。しかし、あまり時間がないというのも事実だ。先延ばしにするのはできるだけさけたい。
暗殺対象である『アルド』は、今日も宝石を愛でている。
もうすぐで予定している時刻である、護衛の交代時間だ。交代している間、しばらく護衛がいなくなることは事前に確認済みだ。隙だらけなのには違いない。
それまでに、本当に今日実行に移すかを決めなければ……。
―― ―― ―― ―― ――
「――嗚呼、あなたも素敵よ。暗赤色の風貌からは、禍々しくも強力な生命力を感じる……! 炎のようにも情熱的で、陰ながら守護してくれているかのよう……! それに――! ……あら?」
アルドは持っていた『ガーネット』のような宝石を愛でていると、ある変化に気がついた。
――唐突に、先ほどまで聞こえていた風の音が、ピタリと止まったのだ。
なにかがおかしいと思ったのか、アルドは宝石をケースへと戻す。そして、先ほどまでガタガタと音を立てていた、部屋にある一メートル四方ほどの窓を開いた。
窓の外にはいつも通りの光景が広がっている。しかし、明らかに異常なことがあった。
「なに? 急に風が治まるなんて。誰かがなにかやったのかしら」
先ほどまで吹いていたはずの風が完全にその存在を消し、辺りには不気味な静けさに満ちていた。普段ならば少しは吹いているはずの、そよかぜさえも存在しない。
「――ん? これは……」
そんな中、なんの前触れもなく上空から濃霧が降りてきて、辺りに立ち込める。アルドはそんな状況に危機感を覚え、すぐさま窓を閉めようとした。
……だが、それは少し遅かった。
「がっ――!?」
鈍い空を切る音が聞こえてきたその瞬間、アルドは喉に強い衝撃を感じ床へと倒れ込んだ。
声を出そうとするが、なぜかうまく出すことができない。かわりにアルドに襲い掛かるのは、まるで本当に火で焼かれているかのような、喉への膨大な『熱』。
そんな状況を理解できず、次第にアルドの視界はかすみ始めた。しかし、そんなぼやけたアルドの眼に、一人の少女が映る。
『――すまないな、私怨はないが、これは依頼なんだ』
虚構か現実かさえも区別がつかずに暗転していく視界のなか、やけにその言葉ははっきりとアルドの耳に残ったのだった。
―― ―― ―― ―― ――
次第にアルドの目から生気が失われていき、完全に瞳孔が開いたままとなった。俺は死体となったアルドを、ストレージへと収納した。
――まぁ、なんやかんやでうまくはいった。
風が邪魔だから《ウインドプロセッシング》という魔法で風を操作し、《ミストインビジブル》を使えるようにした。そして、飛行魔法の《フライ》で急加速しながら『冥府の短剣』で襲いかかったのだが、もう同じようなことはするもんじゃないな。
いろいろと複雑に魔法を使いすぎて、頭が痛くなってきた。複雑な魔法の維持が、こんなにも体にくるものだとは……。
「……早いとこ、証拠隠滅して退散するか」
俺はアルドを殺す際に飛び散った血液を、《クリーン》で跡形もなく洗い流した。
喉を一突きだったが、それでも普通に血は飛び散っている。できるだけ捜索の手を攪乱するためにも、証拠になるようなものは少なくする必要がある。
血の臭いが残っていたため、魔法を使って手っ取り早く換気した。そして、めくれた絨毯を直し、俺は窓から即座に撤収するのだった。
―― ―― ―― ―― ――
ソータが部屋を後にしてからほどなくして、一人のメイドがアルドの部屋の扉を叩いた。
「アルド様、もうすぐでお夕食の時間です。お呼びに参りました」
いつもであればなにかしら反応が返ってくるはずだが、今回はなにも反応がなかった。そのことを疑問に思うも、メイドは再び扉を叩く。
「アルド様、夕食のお時間です。聞こえていますでしょうか?」
メイドは何度も扉を叩いたが、反応は一向に返ってこない。ここまでしているのにもかかわらずなにも反応がないというのは、今までに一度もないことだった。
メイドはその様子に違和感を覚える。意を決し、メイドは中へと入ってみることにした。
「失礼します、いかがなさいましたでしょう、か……」
扉を開き、メイドは部屋の中を確認した――だがしかし、そこにアルドの姿はなかった。誰一人としておらず、あるのは風でガタガタと音を出している窓だけだ。
「た、大変……っ!」
これはただ事でないと判断し、メイドは慌てて部屋を出ていくのだった。




