流布
場所はカイルの寝室。
すでに日は完全に落ちており、カイルは執事からある報告を聴いていた。だがカイルはその報告を聴いたとたん、憤怒をあらわにする。
「なんだと? 俺が民衆の間で臆病者と言われている?」
「はい、たった今部下から上がってきた報告です。主に酒場などを出入りしていた者たちを中心に、密かにその話が広がりを見せていると」
「どういうことだ、説明しろ」
「どうやら、ミーナ様方に視察の代行を任せたのがよくなかったようです。聞くに、『陛下は怖気づいていたがミーナ様方は無事に視察を完遂した。陛下は臆病者だ、ミーナ様方のほうが優秀なのではないか?』というものです」
執事が言葉を言い終わるや否や、カイルは近くに置いてあったサイドテーブルに拳を打ちつける。ガシャン! という大きな音が響き、乗っていたワイングラスが床に落ち、割れた。
普段であれば痛みに苦しむはずだが、怒りからか痛みには気がついていない。
「ふざけやがってっ!! そんな話を民衆に流がした奴はどこの誰だ!?」
「十中八九、ミーナ様方の手の者でしょう。それ以外は考えづらいです」
「クソがっ、これを理由にミーナどもを始末することは?」
「無理でしょう。そもそも、ミーナ様方がこの話を広めた根拠がありませんし、あったとしてもできません。臆病者というのは、民衆の感想のようなものです。おおもとの話はただの事後報告のようなもので、酔ったミーナ様方の手の者が漏らした可能性もあります。しかし、できて要注意といった程度でしょう」
カイルは額に手を当て、歯を食いしばる。そしてしばらくたった頃、カイルはおもむろに顔を上げた。
「――厳重注意だ。それと、こっちからの要請がないかぎり、ミーナどもの外出を禁ずる」
「はっ、そのように」
「あと、だいぶ後に開催する予定だったパーティーの予定を早める。近日中に行えるようにし、参加者に俺がいかに皇帝として相応しいかを示す。このままボイコット運動にまで発展でもしたら、目も当てられん。帝国中から貴族や重要人物を集める準備をしておけ、会場の設営も忘れるな」
「かしこまりました」
カイルの突飛な命令は、執事によって真摯に受け止められた。
―― ―― ―― ―― ――
どうやら、カイルを臆病者だと民衆に流す作戦が有効に働いたらしい。ミーナからそう聞かされた。
「――ふふっ、お兄様は相当頭にきたみたいよ。だって、こっちに今回のことに関する厳重注意と、不当な外出を禁止するという通達が届いたわ。さすがに我慢ならなかったようね」
「うまくいったならよかったんだけど、こっちになにか仕掛けてこない? 頭にきてるなら、なにかしら対抗してきてもおかしくはないと思うけど」
「物的証拠は残していないし、それはないわ。人的証拠も信頼できる者たちに任せたからなにも問題ないわね。それは、一緒に実行したあなたならよくわかっているでしょう?」
「……まぁ、そうだね」
今回の作戦には、実は俺も参加していた。
どんな事をしたのかと言うと、夜に町人の格好に変装したメイドたちが酒場などでほかの客と相席し、会話の中でうわさとしてカイルのことを吹き込むというものだ。
十人ほどで分担してやったのだが、これがなかなかに大変だった。
必ずしも相席に応じてくれるというわけではないし、自分の話ばっかりするやつもいた。それでも、うわさ程度にはカイルのことを吹き込むのに成功している。
うわさ程度で意味があるのかとも思えるが、意外とうわさというのも馬鹿にならない。
あまり信じていなくとも、ほかの者に『こんなうわさを聞いた』と内容を話す事があるだろう。すると今度はその人が、次は違う人が……と、小さなうわさが連鎖していく。
うわさというものは、人から人へと伝わるうちに尾ひれがつくものだ。最初はうわさ程度だったはずが、気がつけば実際にあったことのようになっている場合もある。
うわさを話そうとした相手がその話をすでに知っていれば、その確証も増すだろう。
それに『絶対君主制』のレナード帝国ではあるが、この国においても民衆というものは馬鹿にならない。
この世界には『魔法』というものが存在し、それは個人がある程度自由に使用することができる。そのなかには、一撃で地形を変えてしまうものまで存在するのだ。
魔法が使える者というのは、その個人がつねに兵器を携帯していることと何も変わらない。
そんな者たちに矛を向けられては、例え皇帝といえどもなにかしら危うい状況になるのは目に見えていた。
「――だから、特に身構える必要はないわ。今度は私たちが攻める番よ」
「じゃあ、さっそく?」
「えぇ。でも、まず話しておくことがあるわ。さっきの通達と一緒に、こんな告知が届いたの」
そう言って、ミーナは俺に一枚の紙を渡す。そこには、大々的にパーティーを開催すると、大きく書かれていた。
「そこにある通り、お兄様はなにを思ったのかパーティーを開催するそうよ。貴族を集めて、演説でもするのかしら」
「てことは、ミーナたちも参加するの?」
「そうなるわ。でも、その前にやっておいた方がいいことがあるの。このパーティーには、お姉様が財政面を支援するらしいのよ。それをされると、護衛の人員が増えたりして警備全体が固くなるのよね。だから、パーティーが行われる前にお姉様を排除してほしいの」
確かに、アルドはかなりお金を持っていそうだったな。アルドに支援されるのは、できるだけさけたい。
「なるほど、わかった。数日中には実行に移すよ」
「えぇ、お願いね」
俺はアルドをどう暗殺しようか、様々な方法を考え始めるのだった。




