策略の霧
案外あの男以外はそれほど強いというわけではなく、ほかの野盗はすぐに討伐、もしくは捕縛された。現在は、護衛たちが尋問を試みている。
「途中で逃げた男、どうしようかしら」
「ミーナ様、私が追いましょうか? 幸いわかりやすい目印がありますので、それほど時間はかからないかと」
男が逃げたであろう方向には、血痕が一本の線のようになっていた。結構深く突き刺したし、傷口を手で押さえた程度で出血が止まるはずはない。
それに、冥府の短剣で突き刺したのだ。並大抵のことでは出血を止めることはできないだろう。解毒することができなければ、あとは失血死するだけだ。
「そうね、頼むわ」
「……たぶん、見つける頃には死んでいると思うけどね」
ベストが血痕をたどって森に入っていく後ろ姿を見ながら、俺はそうつぶやいた。
―― ―― ―― ―― ――
結局、ベストが男を発見した頃にはすでに息絶えていたらしい。服を破ってなんとかそれで止血を試みていたそうだが、間に合わなかったようだ。
まぁ、冥府の短剣で突き刺していなくとも、脇の下にあれだけ大きな怪我を負えば失血死はまぬがれないだろう。脇の下の止血は難しいからな。
ベストは男の持ち物も確認したようだが、手がかりになりそうなものはなにも持っていなかったそうだ。
上からの指示書が見つかれば一番うれしいかったのだが、ないものは仕方がない。
そして、ほかの野盗を尋問して得た情報だが、これも全く使い物にならない情報だった。
確かに依頼されて俺たちを襲ったそうだが、間に何人も仲介人がいるらしくおおもとを特定するのは非常に難しい。
あの一際強い男に関しても素性は全く知らないらしく、おおもとからよこされた協力者という話だ。殺してしまったのが悔やまれるな。
あと、野盗は尋問が終わったら全員始末された。
護衛が首を斬って殺し、死体は穴を掘って地面にうめられた。スパスパと思い切りよく野盗を斬首する様子は、さすがに俺もひいたものだ。
命令するミーナもミーナだが、いさぎよくそれを行う護衛も護衛である。素直に、『うわぁ……』という言葉しか出てこなかった。
「――アンジェリカちゃん、そろそろお願い」
「ん、わかった」
ミーナにそう言われ、俺は魔力を練り上げる。そしてしばらくすると、《ミスト》を発動した。
周囲に霧が発生し、それに伴って馬車が停止する。窓の外を見てみれば、さっきまで見えていた広大な麦畑は霧によって飲み込まれていた。
「しばらくはそのままでお願い」
「うん、大体十分くらいはこのままにしとくよ」
別にミーナたちに襲いかかるわけではないので、馬車の付近は霧を発生させていない。ただその代わり、遠くからでも見えるように高く、そして広く霧を発生させている。これなら帝都からでも見えるはずだ。
少しすると、気温が明らかに低下してきているのがわかった。太陽光が霧によって遮られているからだろう。
「魔力は大丈夫? 最後まで持ちそう?」
「これくらいなら平気」
《ミストインビジブル》で姿を消しているわけではないので、魔力の消費がそこまで多いわけではない。さすがに三時間ほど発動していたら魔力は尽きるだろうが。
「――そろそろいいかしら。ありがとう、助かったわ」
「ん、別にいいよ。カイルへの牽制は頼んだ」
「えぇ、しっかりとやって見せるわ」
およそ十分ほどたった頃、ミーナに言われミストを解除した。すると、徐々に霧が晴れていく。もう少しすれば、気温も元に戻るだろう。
「さて、あとはお兄様に報告するだけね。楽しみだわ、いったいどんな顔をするかしら」
ミーナはニコニコと笑みを浮かべ、さもカイルの顔をおがむのを心待ちにしているようだった。




