宝石狂い
これは、ソータがミーナたちと接触した一日前の話である。
「――なに? あの霧が再び観測されただと?」
「はい、先ほど緊急報告が届きました。昨日の早朝に王国側の城壁が霧に包まれました。すぐに晴れたそうですが、例の者が再び侵入してきた可能性が高いでしょう」
執事の報告を聞き、カイルは不快そうに顔をゆがめた。
「今回のターゲットは俺の可能性が高い、か」
「そうなりますね。それと、予定されていた工房の視察もお控えください」
「致し方ないな。……いや、まて」
明らかに嫌そうだったカイルの顔が、一瞬にして嬉々としたものへと変わる。
「その視察だが、ミーナとマイルズを行かせることにしろ。運が良ければ、例の暗殺者が始末してくれるかもしれん」
「……確かにそうですが、うまく事が運ぶ保証はありませんね。それに、実行するには現在の幽閉状態を解く必要があります」
「かまわん、少し始末する予定が早まるだけだ。それに、最終的には解く予定だったのだ、それが少し早まったとて影響は少なかろう」
「かしこまりました。では、準備が整い次第幽閉を解かせていただきます。それと、暗殺者が食いつかなかった場合も考え、別途野盗をけしかけましょう。そうすれば、ほぼ確実に始末できるはずです」
「そうだな、頼む」
カイルはミーナたちが手のひらの上で踊るのを想像し、愉悦に浸るのだった。
―― ―― ―― ―― ――
「――嗚呼、なんて美しいの……。まるでこの世の穢れを一切寄せ付けないかのように透き通っていて、可憐で、気高くて、なんて愛おしいの……っ!」
俺は帝城の上階にある窓から中を観察していた。そして、耳をすませば何かを褒めちぎる女性の声が聞こえてきた。かれこれ、十数分はこんな感じである。
中を気づかれないようにそっとのぞけば、高貴なドレスを纏った二十代半ばといった女性が、手にしている透き通った『アメジスト』のような紫色の宝石を眺めていた。透明度が高く色も濃いため、かなりの価値があるものと見える。そのためか、女性は直接触らずに白い手袋をはめて触っていた。
この女こそ、第一皇女である『アルド・メルキオール・ヒドルストン』だ。
前もって趣味嗜好は聞いていたが、聞きしに勝る狂人ぶりだ。目尻を下げ、にやけ面とも言える表情を浮かべながら宝石を愛でるその姿は、一種の狂気を感じるほどである。
ベストの案内でここまで来たのだが、ここまでのルートにもツッコミ所がある。まず、この城にはデッドスペースが多すぎるのだ。
見栄を張ってこの大きさにしたんだろうが、有効に活用できている場所は全体の五割以下だろう。ここに来るまでに、埃のかぶった部屋を幾度となく見たほどだ。
それに加え、この城には抜け道が縦横無尽に張り巡らされており、さながら忍者屋敷である。この城の構造を考えたやつは馬鹿なんだろうか?
「あなたも美しいわ……っ! この世の穢れをすべて跳ね除けるかのように輝き、夜のように暗いその姿からは、まごうことなく力を感じる! まるで、私を陰ながら鼓舞してくれているかのよう!」
アルドは銀色の石を手に取り、賛辞を口にする。たぶん、持っているのは『ヘマタイト』という石だろう。
こんなことを毎日四六時中やっているというのだから、もはや感心さえできるレベルである。よく飽きないものだ。
「……そろそろいいかな」
「よろしいのですか?」
「うん、いま暗殺するのはやめておこう」
ここには元々偵察が目的で来たのだ。それに、この部屋にある扉の向こう側には護衛が控えているのも知っている。
些細な物音でも異変に気がつくだろうし、殺してからの算段も一切考えていないのだ。いま殺すのはやめた方がいいだろう。
「かしこまりました。では、戻りましょうか」
俺は再びベストの案内に従い、その場を後にした。




