不穏な依頼(1)
俺を見て、茶髪の青年は頭に疑問符を浮かべた。
「失礼、あなたが私の父親を暗殺した方だとお見受けしてよろしいでしょうか?」
「……そうだけど」
「なるほど、失礼いたしました。私はレナード帝国が第二皇子、『マイルズ・メルキオール・ヒドルストン』という者です、お見知りおきを」
マイルズは頭を下げ、右足を後ろに左手を横へ流す――いわゆる『ボウアンドスクレープ』をした。
「じゃあ、私も自己紹介をするわね。知っていると思うけど、第二皇女の『ミーナ・メルキオール・ヒドルストン』よ、よろしくね」
ミーナはニコリとした笑みを浮かべた。
「……ベストが私を呼びに来てから結構経つはずですが、まだ自己紹介をしていなかったのですか?」
「えぇ、マイルズと一緒の方がいいと思ってね」
「さようですか、なら仕方ありませんね」
俺にはなにが仕方ないのか理解できなかったが、マイルズは納得したようである。
マイルズはミーナのとなりに座った。ベストも再びミーナの後ろに立つ。
「あーと……はじめまして、『アンジェリカ』です」
俺も自己紹介をした方がいいと思ったのでしたのだが、出てきたのはぎこちない言葉だった。
コミュ障というほどではないが、人前で話すのは苦手なんだよな……。
「アンジェリカちゃんね、かわいい名前。本当の名前なの?」
「……そうだけど」
「そう……いい名前ね」
どういう意図があって本当の名前なのかと聞いたのかはわからなかったが、いい名前とほめられて悪い気はしない。……まぁ、本当の名前ではないんだが。
「それでここからが本題なんだけど、ちょっと前にお父様を暗殺してくれたこと、感謝しているわ。殺してくれたおかげで、大幅に『推進派』の影響力を削ぐそこができたからね」
「……まぁ、感謝されているならそれでいいんだけど、そっちはいいの? 自分の父親を殺されたのに」
普通の者なら、父親を殺されたとなれば激昂しても全くおかしくはない。それなのに、殺したことを感謝されるなんて、かなり不気味である。
「――確かに血のつながりはあるけど、本当にあれを父親だと思ったことはないわ。自分に酔って他人のことには目もくれず、ただただバカな政策を打ち続ける……あんな下郎、死んで正解だったのよ」
今までの笑みを絶やさない姿から一転、ミーナは真顔でそう告げる。だがしかし、そのギャップがすさまじい。先ほどまでが穏やかな春だとすれば、今はまるで凍てつく冬のようだ。
「まぁ、あの男のことはもういいわ、もういないんだし。ありがとう、助かったわ」
再び笑みを浮かべて、ミーナはお礼の言葉を口にする。
なんか、裏表が激しそうな人だな……。苦手と言えば、苦手なタイプの人だ。
「……わかった、お礼は素直に受け入れておく。それで、話ってこれだけ?」
「いいえ、本題はこれからよ。お父様を暗殺できるほどの腕を持つあなたに、とある仕事を依頼したいの」
「……仕事、ね」
話の流れからわかる――殺しの依頼だ。
俺は人を殺すが、それは相手が俺や仲間に害をなす存在だからだ。好きで殺人をやっているわけではない。だから、依頼されて人を殺すというのは、性に合わないのだ。
「いちおう聞いておくけど、殺しの依頼だよね?」
「えぇ、理解が早くて助かるわ。腕のあるあなたを見込んでの依頼よ」
「……ターゲットは?」
「それはあなたが依頼を受けると決めてからしか言えないわ。もし断られて、私がその標的を殺すために依頼しようとしたことがばれたら、いろいろと大変だもの」
まぁ、そうやすやすと教えてくれるわけはないか。
「報酬は? その依頼を受けて、私にどんな利益がある?」
「そうね……あなたはベネット王国に住んでるわよね?」
「なんでそれを――っ! あっ、あー……そうだけど、それで?」
……しまった、かまをかけられたのに、素直に応じてどうする……もっと気を引き締めなければ。
「うふふっ、そんなあなたには大きな利益となるわ。具体的に言うと、将来的には王国の景気が良くなるわ。それと、穀物類の値段が下がり、パンが大きく値下がりして今までより安く手に入るようになるわね」
なぜそうなるのかはわからないが、確かに大きい利益だ。
景気が良くなれば、狩った魔物の素材が今までよりも高く買い取られるようになるかもしれない。そうなれば、より多くのお金を手に入れることができるようになるだろう。
パンが値下がりするのもうれしい。最近主食にしているのは小麦を使った白パンだが、これがまぁ高いのだ。今は潤沢に資金があるからできるが、少なくなればライ麦の黒パンに戻さざるを得ない。
しかし、都合のいい情報ばかりに気を取られてはいけない。世の中、明らかにお得そうなものには、必ずと言っていいほどなにか裏があるものだ。
「メリットはわかった。それで、デメリットはある?」
「そうねぇ……鉱物やそれを使った製品が値上がりするかもしれないわね。あとは肉類や革製品も同じように値上がりすると思うわ。デメリットはこれくらいよ」
本当にそれだけしかないのかは確かめようがない。ブラフを張られている可能性もあるが、それでもミーナが嘘を言っているようには見えなかった。
「直接的な報酬は……そうね、お金でも宝石でも用意できる物はできる限り用意するわ。機密性の高い盗品を流すルートとかでもかまわないわよ、私はそういった方面に強いし」
物騒だなぁ……そういう暗部に強いのはこれまでにわかっていたことだが、あまり踏み込まない方がよさそうだ。
「うん、わかった。依頼を受ける」
結局、俺は依頼を受けることにした。どうせここまで来たんだ、殺す人数が一人や二人増えたとしてもそう手間は増えないはずだ。
「そう……助かるわ」
「じゃあ、さっそくターゲットを聞いてもいい?」
俺がそう言うと、ミーナは満面の笑みを浮かべた。
「ターゲットは第一皇子の『カイル・メルキオール・ヒドルストン』と、第一皇女の『アルド・メルキオール・ヒドルストン』よ――」




