秘密の抜け道
ベストに続き、俺は路地裏を歩く。
さっきまでは屋根上を走っていたと思ったら路地裏に下りたり、また屋根上に登ったりと忙しい動きをしていたのだが、今はもう普通に歩いていた。
「ここです。こちらに帝城へと入ることのできる、抜け道がございます」
そこには無骨な扉があった。路地裏に面する場所にあり、抜け道を隠すのならもってこいの場所だろう。
俺たちのいるここは、帝城から百メートルほども離れている。だとすれば、結構長い抜け道のようだ。
留め具のついたポケットから小さなケースを取り出し、ベストはその中から鍵を一つ取って扉の鍵穴に差しこんだ。
ケースには数種類の鍵が入っていたのだが、そのどれもがきちんと固定されていた。激しい動きをしたとしても、音を鳴らさないようにする工夫なのだろう。
「中は暗いので、足元には気をつけてください」
その言葉の通り中に灯りの類は見当たらず、非常に暗かった。
ベストは《ライト》で光球を作り出すと、部屋の奥へと歩き出す。
抜け道はトンネルのように舗装されているわけではなく、坑道のように木の支柱があるだけの簡素なものだった。広さは大人二人がギリギリすれ違えるほどしかなく、とても狭い。
いちおう風は吹いているので空気の心配はないが、それでもいろいろと心配になる作りだった。
しばらく歩いていると、奥に明かりが見えてきた。ようやくか、だいぶ長く感じたな。
階段のような段差を上がるとあったのは、床にタイルの張られた十畳ほどの豪華な部屋。
小さなシャンデリアが吊り下げられており、壁紙には細やかな草花の模様があった。しかしシャンデリアは光っておらず、壁紙は所々が黒くカビに浸食されている。
さらに、当然のごとく抜け道を掘った影響で、一部のタイルははがされていた。
「ここって帝城の中なの?」
「はい、そうなります。……と言っても、すでに忘れ去られたデッドスペースなんですがね」
これだけ広いと、いろいろと有効活用できそうなものだ。だがしかし、無駄に広い城のような建物では、こんな感じの場所はいっぱいあるのかもしれない。
こんな感じの部屋がたくさんあるのなら、わざわざすべての部屋を使う必要はないのか。
俺はベストの案内についていく。
『すでに忘れ去られたデッドスペース』というのは本当らしく、床には相当な量の埃が堆積していた。
しかし驚愕なのは、そのデッドスペースの広さ。なんと、ここら一帯がすでに使われなくなっているそうだ。いま俺たちがいる広い廊下でさえ、普段は一切使われることはないという。
ベストの後ろをついていくこと数分。ある部屋に入ったと思ったら、ベストは立てかけてあったはしごを登って、天井を数回ノックした。
「ミーナ様、ベストです、ただいま戻りました。お探しでした方も一緒です」
『――あら、そうなの? ちょっと待って、いま開けるわ』
天井からくぐもった声が聞こえてきたと思ったら、カチャカチャと何かをいじる音が聞こえてくる。そして、それが収まるとベストは天井を押した。すると、天井の一部が開き、上の階が見えてくる。
ベストが上の階に上がったので、俺もそれに続いた。
「お帰りベスト。それで、その子が件の子ね」
「はい、間違いありません」
そこにいたのは、豪華なドレスを着込んだ茶髪の女性。
にこりとした笑みを浮かべており、とても幽閉されている人には見えなかった。この人が第二皇女のミーナで間違いないんだろうが、最初は人違いなんじゃないかと思ってしまったほどだ。
「そう……とりあえず、あそこに座りましょうか。自己紹介はそれからでも遅くないわ」
ミーナは向き合う形で設置されたソファーを見た。
俺とミーナはソファーへと座る。しかし、ベストはミーナの座るソファーの後ろに立った。
「ベスト、『マイルズ』を呼んできてちょうだい、一緒の方がいいわ」
「かしこまりました、少々お待ちを」
ベストはそう言うと、この部屋にあったドアから外に出ていった。
「……幽閉されてるって聞いたんだけど、とてもそうは見えないね。この部屋も、あなたの様子も」
「そうかしら? 仮にも皇族とあろう者を、牢獄に閉じ込めることなんてできないわ。なにも悪事を働いていないのに牢獄に入れるなんてことをしたら、さすがに民衆は黙っていないもの」
話題作りのために思っていた疑問を言う。返ってきたのは、もっともらしい言葉。
「まぁ、そういうものか」
「えぇ、民衆はお兄様――第一皇子の『カイル』の動向を不審に思っているわ。だからお兄様はあまりうかつな行動に出られないの。お兄様を打倒しようという動きが起これば、無事では済まないでしょうしね。一度高をくくって大失態をおかしたから、その辺慎重になっているのよ」
「大失態って?」
「王国に戦争を無理に仕掛けたことね。お父様が暗殺されたことで世間が荒れているというのに、お兄様はそれを好機ととらえて先導したのよ。その結果、大してなにも得られず、いたずらに犠牲を出しただけだったわ。大戦犯となったお兄様には、多方面から非難が殺到してね。切羽詰まったお兄様は、軍部を使って独裁に強行したわ」
なるほど、そういう経緯があったわけか。
総大将として戦場にカイルが来ていたことは後で知ったのだが、先導したのもこいつだったのか。
「そういうわけで――」
「――失礼します、マイルズ様をお連れしました」
突然ドアがノックされ、ベストの声がきこえてくる。そして、ドアが開かれベストと一緒にいたのは、茶髪の青年だった。




