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隠密の手練れ

 帝都の状況は、前に来たときとさほど変わっているようには見えなかった。

 しかしそれでも一際目立つのは、巡回する兵士の数。大通りでは三人ほどでまとまった兵士の集団を、いくつも見ることができた。

 市民を監視する目的があるんだろうが、俺にとっても邪魔なことこの上ない。


 より多くの情報を得るために酒場へと入る。

 なぜ酒場なのかというと、酒場では当然酒を飲む。すると、少なからず口が軽くなるのだ。そういう者たちをターゲットにして、情報を収集するのである。



 俺は二時間ほど情報収集を行った。その結果、多くの有用な情報を得ることができた。

 まず、現在の帝国には大まかに分けて、二(・)つ(・)の(・)派(・)閥(・)がある。


 一つは、『推進派』と呼ばれる王国に対して武力を行使し、我がものにしようという派閥。

 この派閥は、第一皇子である『カイル』が筆頭となっているそうだ。


 そしてもう一つが、『融和派』と呼ばれる王国とビジネス関係を築き、友好関係を持とうと考えている派閥。

 こちらは、第二皇女の『ミーナ』と第二皇子の『マイルズ』という者たちが筆頭となっているらしいが、現在はこちらが劣勢である。


 つまり、戦争を起こさないようにするには、推進派の動きを鈍らせる必要があるのだ。そして融和派が優勢な状況にしてしまえば、戦争は起こらなくなるはずである。


 ただ、一つ大きな問題があるのだ。それは、端的に言えば俺ではそんな芸当は不可能ということである。

 俺は決して頭が切れるわけでもなく、帝国内に人脈があるわけでもない。なので、どう動けばいいのかまったくと言っていいほど見当つかないのだ。


 ……まぁ、とりあえず現状は情報収集をする必要がある。何事も、最初は情報収集をするというのが鉄則なのだ。


 ――  ――  ――  ――  ――


 曲がりくねった路地裏から建物の屋根上へと登り、俺は帝城を観察していた。

 警備の状況や兵士の数なんかを確認しているのだが、その感想は『今回は一筋縄ではいかないだろう』というものだった。


 まず、ざっと確認した限りでは警備に穴はなく、つねに厳戒態勢だった。

 とてもじゃないが、あれを突破することはできないだろう。日の出ている間に忍び込むのは、やめた方がよさそうだ。


「……残りは夜になってからでいいか」


 特に動きはなさそうだし、ここにいても時間を無駄にするだけだろう。夜にもう一度帝城を観察するとして、とりあえずは宿を確保しに行くとしよう。

 俺は再び路地裏に戻り、宿を探すために表通りへと向かおうとした。だがしかし――。


「――すみません、少しよろしいでしょうか?」


 当然後ろから声をかけられて、俺は慌てて振り返る。


 そこにいたのは、メイド服を着た二十代前半ほどの女。

 豪華な屋敷などにいれば様になるんだろうが、暗くじめじめとした路地裏では明らかに異質な存在だった。

 だが、そんなことは些細なものである。なぜなら俺は声をかけられるまで、その存在に気がつかなかったからだ。

 もし相手に殺す気があったのなら、今ごろは完全に不意を突かれていたことだろう。


「あんた……だれ?」


 俺はストレージから『冥府の短剣』を取り出し、そう問いかける。メイドは俺が武器を構えたのにもかかわらず、一切の動揺は見せなかった。


「私は『ベスト』と申します。『ミーナ様』の命により、お伺(うかが)いしたいことがあり参りました」

「……なんの用?」

「ミーナ様があなた様とお話したいことがあるとおっしゃっています。ですので少々お時間をいただき、ミーナ様とお話しいただけないでしょうか?」


 メイド――ベストの言う『ミーナ』というのは、第二皇女である『ミーナ・メルキオール・ヒドルストン』のことなのだろうか?

 状況的に考えてその可能性が高い。しかし、いちおう確認しておいた方がいいだろう。


「ミーナというのは、第二皇女のこと?」

「はい、そうです」

「じゃあ、なんで第二皇女は私と話がしたいの? 見当つかないんだけど」


 そうなのだ。第二皇女が俺と話をしたい理由がわからない。それどころか、俺を認知しているというのが驚愕である。


「あなた様が前皇帝を暗殺した方だというのは、すでに見当がついております」

「……なんで、私がそうだと?」


 ベストはさも当たり前かのように、確信した様子でそう告げた。


「二日前、王国側に面する城壁が一時霧に包まれたと、報告が上がっております。普段、あの付近で霧が発生することはまずありません。そうなれば、自ずと前皇帝を暗殺した者が再び侵入してきたのだと推測できます。ですので、警戒していましたからあなた様のような方を見つけるのに、それほど苦労はありませんでした」

「……そういうことか」


 やるな……いや、俺が舐めていたのか。

 筋がきちんと通っており、反論の余地はなかった。よく調べていなければ、ここまで把握することはできなかったはずだ。

 俺は冥府の短剣をストレージに収納する。


「納得していただけたようで」

「うん、それで? 話がしたいのなら受けるけど、どうすればいい?」

「私についてきてください。城の裏手側に抜け道が存在しますので、そこから中へと入ります。忌々しいことにミーナ様は現在幽閉状態にあります。ですので、目立つわけにはいかないのです」


 幽閉されていたのか、これは公になっていない情報だな。


「わかった、案内をお願い」

「かしこまりました。では、こちらへ」


 ベストはそう言うと、軽々と壁を蹴って屋根上へと登った。

 おいおい……なんて格好で激しい動きをしているんだ。ロングスカートだから大丈夫だったが、一歩間違えば大惨事だぞ。……俺も人のことを言えはしないのだが。


 なんとも言えない気持ちを表に出さないようにしながら、俺は身体強化の魔法を使って高く飛び、再び屋根上にやってきた。


「こちらです」


 俺はベストの後に続いた。

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