信頼(2)
「……まぁこう言ったらなんだが、たまに周りから浮いているとは感じるな」
「そうね、それは必然とも言えるわ。だって私たち、生まれと育ちからして一般的とはかけ離れているもの」
その言葉の意味がよくわからず、俺は疑問符を浮かべた。
「どういう意味だ?」
「私は公爵家……つまり、『貴族』の生まれなのよ。だから私の名前にはアリスだけじゃなくて、ほかにも家名があるわ」
俺は驚いたと同時に納得した。
片付けが苦手だったり、家事関係が絶望的に下手くそだったり、金銭感覚が周りからずれていたりと数えればきりがない。だがしかし、今まで疑問に思っていたことがきれいさっぱり氷解した。
「私の本当の名前は、『アリス・オルティス』。いちおうは貴族だけど、政界に関わったことはないわね」
「……オルティス公爵って人が、『ハロルド』とかいう町で領主をしていなかったか?」
「よく知ってるわね。『ヴァージル・オルティス』、ハロルドの領主で私の父親よ。今年で確か五十になるかしら」
……なんだろう、もの凄い驚愕の事実のはずなんだが、いまいち驚けない。いつの間にか、感覚がマヒしてしまっていたようだ。
「じゃあ、アルバニアは? アリスの姉ってことはアルバニアも貴族になるのか?」
「いえ、周りからは姉妹として育てられましたが、正式な立場はアリスの専属使用人にすぎません」
使用人か。確かにアルバニアは姉というよりも、使用人といった方が適切な振る舞いをしていることがあったな。
なるほど、そういうことだったのか。
「私はもともと孤児でした。ゴミ箱をあさり、路地裏で寝泊まりをする生活。そのときは、一本のナイフが唯一信じられるものでした。――ですがそんな生活をしていたある日、突然アリスが一人でやってくると、『気に入ったわ、私の家で働かない?』と言われましてね。当時は初対面でしたので警戒していたんですが、強引に腕を引っ張って連れていかれまして……」
「一目でピンと来てね、身だしなみを整えたら絶対に可愛くなると思って私の使用人にしたの。……でもおかしいわね、あのときは私よりも小さかったのに、なんでここまで差ができるのかしら」
「……いろいろと複雑なんだな」
立場は使用人にすぎないのかもしれないが、本当の姉妹には変わりない。それは、普段から二人を見ていたからわかった。
対等に身分関係なく、助け合い信じあえるというのは、本当に仲が良くなければできないことだ。
「――あっそうだ、今さらかもしれないが家の方はいいのか? 貴族ならその……いろいろとあるんだろ?」
「それならなにも問題ないわ。別に重要な地位にいたわけでもないし、私以外に跡継ぎがいなかったわけでもないしね。……ていうか、私は貴族の生活が嫌で冒険者になったから、どんな理由があっても戻る気はさらさらないわよ」
アリスはうんざりとした様子でそう語る。
「貴族の生活ってそんなに嫌なものなのか? 憧れはしても、嫌がるようなものには思えないんだが」
「そうね……ソータは大して仲の良くない知り合いたちと、上辺だけの作り笑顔をずっと保ったままお茶会とかしたい? 陰では自分の悪口を言っている人と、たがいに容姿を褒め合いたい? 私はそれが嫌で嫌で逃げ出したわ」
「……俺なら数日も持たないな」
「でしょう? その点、冒険者はいいわね。行動はすべて自己責任ではあるけど、無駄に取り繕う必要はないし」
確かにそうだな。俺もなにかに縛りつけられたり、強制されたりするのは大嫌いだ。そのことを考えれば、冒険者というのは天職とさえ言える。
「まぁ、そのことはもういいわ。それで、今回の目的はなんなの?」
「……レナード帝国の第一皇子、『カイル』の暗殺だ」
「……そ、せいぜい正体はバレないようにしなさい。バレたら取り返しのつかないことになるからね」
小さくため息をつくと、アリスは仕方がないといった様子でそう告げた。
「あぁ、わかった。明日の朝には出る予定だから、そのつもりで頼む」
「それならもう寝なさい。十時だし、明日にひびくわよ」
「そうだな。じゃ、おやすみ――」
―― ―― ―― ―― ――
ソータがリビングを出て数秒後、アリスは扉からアルバニアへと視線を移した。
「……アルバニア、ひさしぶりに命令するわ」
「はい、なんなりと」
「ソータからさっき聞いた話は、どんな理由があろうとも私たち以外に口外することを禁じるわ。もちろん、父さんにもよ」
「かしこまりました。名に誓い、必ずやり遂げてみせます」
アルバニアはほほえみを浮かべ、頭を下げる。
「――まったく、本当にソータはバカなんだから」
アリスは小さく、そうつぶやいたのだった。




