刺激的な食べ物
私は少し遅めに起きた。
カーテンを開けて窓の外を見てみると、日は完全に昇り切っている。
「……本を読むのに、夢中になりすぎたわね」
ベッドのそばの床には、カバーが上の状態で開かれた本が一冊落ちていた。
本を読むのに夢中になりすぎていたあまり、いつの間にか寝てしまっていたみたい。
この状態は本によくないので、拾い上げてきちんと閉じておいた。
パジャマからいつものローブに着替え、髪を魔法を駆使しながら整えると、私は部屋から出る。すると、嗅ぎなれないほのかな香りが、鼻孔をくすぐった。
なんの香りかしら? 食べ物のようだけど、どことなく刺激的な匂いがする。
私はその匂いをたどるように、キッチンへとやってきた。すると、そこには何かを料理をしているソータと姉さんの姿があった。
「――あっ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよう、もう昼だけどね。それで、これはいったい何を作っているの?」
姉さんが混ぜていた、大きな鍋の中を見てみる。中には、茶色いドロッとした液体が入っていた。
「『カレー』だ。きのう商人が大量に香辛料を売っているのを見かけてな、それで作ってみようと思ったわけだ」
ソータはテーブルの上を指さす。その先には、粉末の入ったビンがテーブルに十本ほど置かれていた。
どの粉末も微妙に色が違い、私にはなにが違うのかよくわからなかった。
「カレーって、あの?」
「そうだ、あのカレーだ。こっちでは主に香辛料関係が高価だからな、高級品あつかいのあれだ」
ベネット王国付近は気候や地形が影響して、香辛料を作るのには向いていない。
冬になれば雪が降るので、それ用の設備がなければこの辺で香辛料を育てることはできのだ。
しかし、そんなことをするくらいならば、ほかの国から輸入した方が断然安価で済むのである。
ただ、そこから輸入したとしても関税などがかかってしまうので、どっちにしろある程度高価にはなってしまうのだが。
「……別に香辛料を使うのはいいんだけど、いったいどれだけ入れたのよ。ちょっと入れた程度じゃ、こうはならないでしょ」
「入れた分を全部合わせて、一掴みほどくらいだな。でも最初から結構安かったし、金貨五枚分も入れてないぞ」
「それでも充分高いけどね」
一瞬納得してしまいそうだったが、金貨五枚は普通に高い。一食にそれだけの金額をかけるのは、さすがにちょっと気が引ける。
「まぁそれはともかく、あとは焦がさないようにずっと混ぜておくだけだし、アリスはリビングでゆっくりしてていいぞ」
「はい、私たちがやっておきますので、アリスは心待ちにしておいてください」
「そういうことなら私も手伝うわ。二人に任せておくのも悪いし」
私がそう言うと、なぜか二人はたがいに目配せをした。そして、しばらくして決着がついたのか、ソータが口を開く。
「さっきはあえてぼかしていたが、はっきりと言わせてもらう。ダークマターやスライムを作るようなのに鍋を任せるのは怖すぎる」
「えぇ、アリスのセンスは奇抜すぎるので、私としても大人しくしていてもらった方が助かります」
「えっ……二人して、ひどくない?」
た、確かに私の料理センスは壊滅的――いや、ちょっと悪いけど、それでも手伝いくらいは普通にできる。
鍋をかき混ぜるくらいなら、誰にでもできるはずだ。
「ひどくない。そういうのは、目玉焼きをちゃんと作れるようになってから言ってくれ」
「いや、私も目玉焼きぐらい……」
「三日前のあれは、スクランブルエッグだからな?」
私が作った目玉焼きには殻が入っていたり、黄身がつぶれてしまっていたけど、味は普通においしかった。だから、あれは失敗していないはず。
「うぅー……もういいわ!」
私はキッチンを後にした。
どうせあの感じだと、手伝わせてくれないだろうしね。
―― ―― ―― ―― ――
ダイニングルームにあるテーブルの上には、ボウルに入れられたカレーがあった。白い湯気が立ち、食欲のそそるスパイスの匂いが周囲に広がる。
下準備も合わせて合計六時間ほどかかったが、それでも苦にはならなかった。それどころか、非常に有意義な時間だった。
「……本当においしそうね」
「だろ? あえてなにもアレンジしたりせず、オーソドックスなものにしてみたんだ。思っていたよりもいい感じにできて、俺は満足だよ」
全部で八種類のスパイスを混ぜたが、いい感じに溶け合っている。
あまり詳しくないので配合量とかは適当だが、今まで食べてきたカレーとそう変わりないだろう。
本当はすでに調合済みのものが欲しかったのだが、そういったものは売っていなかった。
カレーというものが、ベネット王国では浸透していないからだろう。
「じゃあ、さっそく」
「えぇ、冷める前にいただきましょうか」
俺たちはスプーンを手に取り、カレーをすくい上げる。すると、表面に張っていた薄い膜が破れ、熱々のルーが顔を出した。
ちなみにだが、俺とアルバニアが中辛くらいであり、アリスは甘口だ。アリスのものはハチミツを入れて、辛さを調節してある。
俺は甘党だが、カレーは断然中辛だ。カレーはある程度辛い方がおいしいと感じるのだ。
カレーを口にする。スパイスのほどよい辛さと、野菜や肉の甘みが同時に口に広がり、非常に満足のいく出来だった。
ここまでおいしいのなら、わざわざ手間暇かけて作った甲斐があるというものだ。
「事前に味見はしていましたが、やはりおいしいですね」
「あぁ、野菜は跡形もなく溶け切っているが、逆にそれがいい感じになっているな」
「ほんと、これはあきない味ね」
これでも充分おいしいのだが、できれば米が欲しかった。ルーだけでも充分いけるのだが、米があればもっとおいしくなったことだろう。
どこかに売っていないのだろうか?
さすがにルーだけだと飽きてくるので、白パンをストレージから取り出した。ナンは売っていないし、作る元気も知識もなかったので、白パンで妥協だ。
俺はカレーを味わいながら、物思いにふけるのだった。




