沼地の怪(2)
俺たちはひたすら沼地を歩く。
ここにもある程度慣れたのか、ずっと漂ってくる腐敗臭も気にならなくなってきた。しかし、それでも嗅いでいて気持ちがいいものではない。そのため、ここを出れるなら今すぐにでも出たいという気持ちは、一切変わっていなかったのだが。
沼地の一角には小さな森林地帯があった。ただ森林地帯とは言ったが、生えている木々はすべて枯れ果てており、不気味な雰囲気をより一層強めいている。
そんな場所を歩いていると、近くにあった沼が急にゴポゴポと泡立ち始めた。そしてなにかがヌラリと起き上がるようにして、水面が盛り上がる。
どんな魔物が現れたのかと思っていると、その物体は俺たちのいる場所へと近寄ってきて、陸地に上がった。
――その魔物を一言でいうと、沼そのもの。まるで沼自体が動き出したかのようで、なにかが泥を纏っているようには見えなかった。
頭部や腕部のような造形も確認できるが、どこか生物味は感じられない。
「『スワンプモンスター』、Cランクのアンデッドだね。対処がそれなりにめんどくさいことで知られている魔物だよ」
「……アンデッドか、今回の事になにか関係がありそうだな」
今回の影響で発生したのか、それとも違うのか。ただ一つ言えることは、この沼地には動物型の魔物は一切生息していないみたいだな。
たぶんだが、まともな餌が無いからだろう。これまでに、この沼地では枯れた木や草以外の植物を見ていないしな。
草食の魔物がいなければ、肉食の魔物も寄り付かない。そうして、自然とここから魔物がいなくなっていったんだろう。
まぁ生き物である以上、こんな死んだ沼地で暮らしたくないのは人も魔物も同じということなのかもしれないな。
「――そうかしら? たぶんだけど違うわよ」
「え? そうなのか?」
俺が考えを巡らせていると、先ほどの『今回の事になにか関係がありそう』という意見が、アリスによってバッサリと切り捨てられた。
「スワンプモンスターは、どこの沼地でも少なからず発生するアンデッドよ。対して珍しい魔物でもないから、今回の事に関わっているとは考えづらいわね」
「僕もアリスさんの意見に同意だね。魔物の死体とかとは一切関係なく発生するアンデッドだし。――シューティングスター!!」
氷室が空に手を掲げると、次の瞬間空から光弾が一つ降ってくる。そしてスワンプモンスターに直撃すると、泥が沼の方にはじけ飛んだ。
「……ずいぶんとあっけないな」
「奏多、気を抜かないで。絶対に今の一体だけじゃないから」
「どういう意味だ?」
俺がそう問いかけるとほぼ同時に、沼の方から勢いよく水を打ち付けたような音が聞こえてくる。そちらに視線を移すと、そこには先ほどと同じくスワンプモンスターがいた。しかし、今回はその数が違う。
なんと、そこには数え切れないほどのスワンプモンスターがいた。
無数のスワンプモンスターは、沼から起き上がってくる。その数は、もはや数えるのも馬鹿らしくなるほどで、優に百は超えていると思えるほどだ。
「スワンプモンスターは、必ず群れをつくってるんだ。個々は弱くても数は力だからね、ここからが本番だよ」
「……なぁ、逃げないか? この数を相手するのは、さすがにめんどくさいぞ」
幸い足は速くないようなので、逃げるのにそこまで苦労はしないだろう。判断に迷って囲まれるくらいなら、とっとと逃げた方が賢明なはずだ。
「それこそやつらの思うつぼだよ。スワンプモンスターにとって、沼というものはテリトリーそのものだ。逃げるためには、必ずどこかで沼に足をつける必要があるからね。そんなことをしたら、沼に無理やり引きずり込まれるだけさ」
「えぇー……じゃあ仕方がない、倒すか。ブラストボール!!」
俺は爆発する火球を放つ。ほかの面々も、それぞれの攻撃方法でスワンプモンスターを攻撃し始めた。
スワンプモンスターは切り裂かれたり、爆ぜたりしてバラバラになるが、数が減っている気は全くしなかった。ただ、氷室の言っていた通り個々はそれほど強くないので、本当にただただめんどくさいだけである。
こんなのと戦っていても何も手に入らないだろうし、さっさと片付けてしまおう。
「きりがないから一発強力な魔法を使うぞ! 《スターデューム》!!」
俺がそう言うと、しばらくして手のひらの前に直径三十センチほどの真っ赤な球体が現れる。そして、それをスワンプモンスターがいる場所へと打ち出した。
球体がスワンプモンスターに直撃した瞬間、それは爆発する。しかし、その爆発はブラストボールの比ではない。
爆心に近い場所にあった沼は完全に干上がって焼き付き、再度流れ込んできた泥水が触れると焼け石に水をかけたような音を立てた。
この魔法は俺のオリジナルだ。『超新星爆発』をイメージした魔法で、かなり強力ではあるのだが、効果範囲はかなり狭めである。
アリスにも協力してもらったので、消費魔力は同威力のほかの魔法と比べても、それなりに低くなっている。
ちなみに、命名はアリスである。
少し前に、アリスから魔法は自作できると聞いて驚いたものだ。
もっとも、『魔法』というものは誰かしらが作ったものである。ならやろうと思えば、魔法を扱える者なら誰だって自作できるということだ。
魔法を発動する上で重要なのは、魔力とイメージである。魔力をきちんと扱えなかったり、イメージができていなかったりすると、魔法は発動しないのだ。
しかし、魔力とイメージのどちらが大事なのかといいば、それはイメージの方である。なぜかといえば、想像力が豊かであればあるほど消費する魔力が少なくなり、より高度な魔法が使えるようになるのだ。
氷室も俺の知らない魔法を使っていたりするので、たぶん魔法を自作しているのだろう。
ただ俺が知らない可能性もあるが、これでも何十冊と魔法関係の本を読んできたのだ、俺は大抵の魔法を知っていると自負している。
スターデュームを放ったことによって霧が発生していたのだが、それが次第に晴れてくるとスワンプモンスターが半数ほどまで減っているのが確認できた。
実践に使ったのはこれが初めてなのだが、特に問題はなさそうだな。
「あとは僕に任せて! シューティングスター!!」
再び氷室が手を掲げると、光弾が無数に降り注ぐ。
絨毯爆撃とも呼べるほどの密度を持った攻撃が、スワンプモンスターへと襲いかかった。それからしばらくして氷室の攻撃が収まると、スワンプモンスターの姿は一体も残らず消え失せていた。
……これ、最初から氷室に片付けてもらったらよかったんじゃないか? 俺たちが攻撃した意味はあったのか?
「倒しきれたみたいだね」
「……面倒な魔物だったな。それじゃあ、早くここを離れないか? コアも見当たらないし」
スワンプモンスターを倒したのはいいが、コアはどこにも見当たらなかった。それに、戦闘した影響であたりにはヘドロやなにかの焦げた臭いが漂っていた。
早急にここを離れたい。
「そうだね。用はないことだし、早くここを抜けてしまおうか」
俺たちはその場を後にし、沼地を抜けるのだった。




