沼地の怪(1)
俺たちは再び森の調査に出発した。
今回も期間は一ヶ月。その間に、なんとしても今回の異変の原因を突き止める必要がある。そうでなければ、夏になってしまうかもなのだ。
ただ、大方見当はついているので、そこまで発見するのに苦労はしないはずである。
セレスから震源の方向を聞いてきているので、あとはその方向に向かえばいいだけだ。
しかし、一つ不安なことがある。それは、事前に聞いていた『死と破壊の権化』のような存在が現れた場合、俺たちだけで討伐できるのか不明ということだ。
氷室がいるので、最悪は大丈夫だと思う。
しかしこう言ってはなんだが、俺たちはただの賑やかしでしかない。足を引っ張るほど弱くはないが、もし尋常ではない存在が現れた場合、なにもできない役立たずになってしまう可能性がある。
氷室はそれも織り込み済みなんだろうが、どうしても情けなく感じてしまう。俺にできることは、手に余るような敵が出てこないように祈るくらいだ。
そんなことを思いつつも、俺たちは歩を進め続けるのだった。
―― ―― ―― ―― ――
「……ここに来て、ずいぶんと雰囲気が変わったな」
「そうね、なんというか、気が滅入るわね」
調査を開始してから六日がたった頃、俺たちは深い森を抜けることができた。ただその先にあったのは、陰鬱なジメジメとした沼地だった。
今は春であるにもかかわらず湿気が高く、かなり不快感を覚える。
沼地ということで当然沼があり、そこから何かが腐敗のような臭いが発生していたりもした。そして、つねに薄い霧が立ちこめているために視界が悪く、空には雲が覆いかぶさり太陽を隠していた。
……森を抜けたと思った矢先にこれだ。一気にやる気がそがれた。
「……なぁ、本当にこっちで合っているのか?」
「うん、間違いないよ。コンパスもこっちを指してるしね」
氷室は手に持っていた、特殊なマジックアイテムであるコンパスを俺に見せてきた。確かにそのコンパスは、俺たちの進んでいる方向に針を示している。
このコンパスは、どうやら前もって決めていた方角に針を示すようにできているらしい。そのため、氷室はたまにアイテムボックスから取り出しては、進む方角を確認していた。
俺もそれは知っているので、別に氷室を疑っていたわけではない。ただ、なにかの間違いで沼地を歩きたくはなかったので、いちおうの確認だった。
「僕は始めて来たけど、聞いている話ではこの沼地はそこまで広くはないらしいよ。六時間もあれば抜けることができるらしい」
「こんな中で野営をしなくてもいいのはありがたいが、それでも六時間は最低でもここにいなければならないんだな。――はぁ……」
ため息をついても事態が動くわけではないので、俺たちは沼地へと足を踏み入れた。
沼がある場所は避け、できるだけ陸地を歩く。しょうがない場合は比較的浅い場所を見極めて沼地を歩いたが、すぐに靴に着いた泥は《クリーン》で洗い流した。
たまにゴポゴポと気泡が出ている場所があったりするのだ。なにかしら人体に有害な物質が含まれていても、全然おかしくはなかった。
沼地に入りしばらく歩いていると、俺たちは奇妙な光景に出くわした。それはうねうねと、ゲル状の物体が独りでに動いているというものだった。
半透明であり、そのゲル状の物体は沼と同化するように茶色で、見ていてあまり気持ちのいいものではない。
「あれっていったいなんだ? 生物のようにも見えるが」
「『スライム』だね。川や池とかでたまに見かけることのある、Gランクの魔物だよ」
「え? あのアメーバみたいなのをスライムっていうのか?」
俺のスライムのイメージは、もっと丸々としたものだ。それこそ某ゲームに出てくるような、デフォルメしたものである。
……ただまぁ、現実にいるとは当然思っていないので、『イメージがそういったものだ』という話なのだが。それこそ、それとは全く関係ないと言われれば、それで終わりだしな。
「そうだね、こういう魔物を総括して『スライム』っていうんだ。それと、スライムに危険性はないから無視していくよ。倒してもうま味はないしね」
「スライムって確か錬金術で使えたりするらしいけど、あまり需要はないらしいわね。手間をかけて回収するだけ労力の無駄だわ。……それに、なんかこのスライムは汚いし」
アリスが錬金術に使えると言ったので回収しようかと考えたが、続いた言葉を聞いてその考えは跡形もなく消え去った。
需要がないということは貴重な素材というわけではなく、ありふれた素材ということだろう。そんなのをわざわざ回収するのは、確かに労力の無駄だな。
「確か前に見たスライムは薄い青色でしたね」
「えぇ、そのときはきれいな小川だったし、生息している場所で体色は変わるみたいね」
アリスとアルバニアは、前に一度スライムを見たことがあったらしい。ただ、二人の様子を見るに、あまり気には留めていなかったようである。
どうやら、スライムというのはただ地面を這うだけの魔物ようだ。
「――とりあえず、ここに生息しているのがスライムだけというのは考えづらいし、引き続き警戒しながら先に進もうか」
「そうだな、早くここを出たいし」
スライムはそのまま放っておくと、俺たちは早く沼地を抜けるためにその場を後にするのだった。




