終わらない異変
「――ということがありました、報告は以上です」
メイソンにある教会の一室に俺たちの姿があった。
ここまで帰ってくるのに、行きとは違い町を目指して真っ直ぐに帰ってきたので、三日しかかからなかった。メイソンと遺跡はそれなりに距離があると思っていたが、どうやら意外と近かったらしい。
現在、氷室が今回の調査で判明したことなどをセレスに報告していた。
セレスの手には板に貼り付けられた状態の紙があった。真っ白であり、何も書かれていないのでメモを取るために用意したんだろう。
「遺跡に研究所……そして、巨大アンデッドですか。なるほど、おぞましいですね」
セレスは氷室から聞いた内容を、箇条書きで紙に書き記していく。それはかなりの速度だった。
「そういえばお聞きしたいことがあるんですが、こちらに地震の影響はありましたか? よろしければ教えていただけると」
「そうですね、吊り下げられていた照明器具が少し揺れた程度です。さほど混乱はありませんでした」
「震源はやはり?」
「えぇ、アンドレたちが調査していた森のある方向です。記録を見る限りでは、ただの地震のようには思えませんでしたがね」
やっぱり震源は森の方なのか。ただ、セレスの言った『ただの地震のようには思えない』っていうのが気掛かりだな。
「それはどういう?」
「こう、地面の下で巨大なものが独りでに動き出したような、そんな振動でしたね。それと、本当に微弱ではあるんですが、それからも定期的に振動が観測されています」
地面の下で巨大なものが動く。もはやそれは、あの森の下に何かが埋まっていると言っているようなものだった。
それがどんなものなのかは分からないが、十中八九ろくなものではないだろう。
「その存在に心当たりは?」
「ないわけではありません。これは少し前に王都の教会にある資料室で見たものですが、あまり信憑性はありませんよ?」
「それでかまいませんので、教えていただけないでしょうか?」
セレスは少しばかり悩んだ様子を見せる。しばらくして、どうするか決めたのか俺たちに目を向けた。
「……この話は、千年ほど前の文献に書かれていたものです。――昔、この地に『死と破壊の権化』が現れたそうです。具体的な姿はわかりませんでしたが、その存在は奈落より現れると周囲に破壊の限りを尽くし、幾多の町を焼き滅ぼしたと。記述者曰く、『冥界から愚かな人々に裁きを下しにきた、死神のような存在だった』と、そう語られていました」
あまりにもぶっ飛んだ話に、俺は困惑した。
かなり前の本に書かれていたものらしいので、話に尾ひれがつくのは仕方がない。しかし、いくらなんでも話が飛躍しすぎだ。
「そして、その存在が現れた際には『死霊』――当時のアンデッドの呼び方です。その際には死霊が大量発生したようです。聖王国では度々アンデッドが大量発生しますが、どうやらそれにはこの存在が関わっているようですね。……眉唾ものですが」
「あの、当時はその存在をどうしたのでしょうか? なにもせずに放っておいたわけではないでしょうし」
アリスがセレスに疑問を投げかける。確かにそれは俺も気になってたことだ。
いくらなんでも、そんな存在をなすがままにしていたわけではないだろう。きっとなにかしら策を講じ、撃退したはずだ。
今回もその通りにできるかはわからないが、それに倣うのも手だろう。
「どうやら、当時の勇者が迎え撃ってどうにか封印したそうです。しかし勇者も無事とはいかず、その戦いの数日後に亡くなったそうです。衰弱死だったようですね」
『…………』
その場に重い沈黙が流れる。
勇者という存在が戦っても、ほぼ相打ちのような結果になる存在がいるとはとても思えなかった。……いや、勇者といっても強さはまちまちだろう。それでも勇者になれるんだ、決して弱かったわけではないはずだ。
それに、勇者がその命を犠牲にしても、結局は封印までしかできなかったということだろう。そんな存在が再び活動を始めた可能性がある。これは由々しき事態だ。
汗ばんできたのを感じる。今にも冷や汗が流れそうだ。
「……セレスティア様、調査の続行を希望します。このままでは、最悪の事態になりかねません」
静寂の中、最初に口を開いたのは氷室だった。静かに、だが目には堅い意志があり、その言葉には熱がこもっていた。
「……本気のようですね。しかし、もし先ほど言ったような存在が現れた場合、あなたは死ぬかもしれませんよ?」
「勇者となった以上、すでに覚悟はできています。人々を守るのが『勇者』というものです。その勇者が敵前逃亡するようでは、示しがつきませんしね」
氷室はほほ笑んだ。しかし、それは見せかけだろう。内面では様々な葛藤があるはずだ。
誰しも、死ぬのは怖いのだから。
「……ごめんね、大事に巻き込んで」
氷室は俺やアリスとアルバニアの方に顔を向けると、本当に申し訳なさそうに謝った。
「指名依頼はここで終了だよ、いろいろとつき合わせてごめんね。あとは僕が解決してみせるから心配しないで。だから――」
「なぁ、なに勝手に一人で解決しようとしてるんだ? 『乗りかかった船』だ、関わった以上、最後まで付き合うさ」
俺は氷室の言葉を遮った。
こんな現状を知っておいておちおちと帰るなど、いくらなんでも目覚めが悪すぎる。
「――それに、友達なんだろ? 友達が死ぬかもしれないのに、それをみすみす見殺しにできるかよ。……いいよな?」
俺はアリスとアルバニアに確認をとった。
独断で俺が今後の方針を決めてしまったからな。責められてもなにも文句は言えない。
……毎度思うが、ちょっと無鉄砲に行動しすぎだな。いずれ取り返しのつかない失敗でもしてしまいそうだ。気をつけねば。
俺がそんなことを考えていると、アリスは『しょうがないわね』といったふうに小さく息を吐いた。アルバニアも反対はしないようだ。
「奏多……っ!」
「ちょっ、お前!?」
氷室はなぜか俺に抱きついてきた。同性に抱きつかれて嬉しいと思うような趣味は、俺にはない。
「ありがとう、本当に助かるよ……っ!」
「わかったっ!! わかったからとりあえず離れろっ!」
俺は氷室を引き離そうとしたが、離すことはできなかった。どんだけ力が強いんだこいつ……。




