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~十月九日~ 4

「初任務だからって、舐めないでよね」

 智夜はキックスクーターの上、いつもより前に足を乗せると少年に後ろに乗るよう促した。少年が後ろに乗ったことを確認すると、二人の体をベルトで固定する。通常より大きく改造されているうえに二人とも小柄ではあるけれど、それでも二人乗りには少々きつい。けれど構うことなくエンジンをふかす。ハンドルを握って視線を前に。目前にはこちらを取り囲もうと迫りくる男たち。しかし智夜は躊躇うことなくアクセルを踏み込んだ。男たちは驚き怯んで左右に避ける。包囲網の薄くなったところを一気に駆け抜けた。

「うっは、すげー」

 びゅんびゅんと風を切りながら二人を乗せたキックスクーターは進んでゆく。現在の時速はおよそ四十キロ。いつの間にか体勢を後ろ向きに変えていた少年は感嘆の声を上げながらも、男たちの放つ銃弾やナイフを一本の小さなナイフで跳ね飛ばしている。さらにはナイフを投げて敵の数を減らす余裕すらあるらしい。手榴弾を蹴り返していたときには悲鳴を飲み込んだ。その技量にぞっとしながら、味方でよかったと心の底から思った。

「なー、あんた。シュレディンガーの猫って知ってるか?」

「黙ってないと舌噛むわよ」

 後ろに人を乗せたまま奔るのは難しい上にこの速度だ。会話をする余裕はあまりない。バランスを取るのに精一杯で、気を抜くと倒れてしまいそうになる。男たちを引き離すために迂回をくり返し、その大半を撒いた。けれど曲がるたびに神経を削られる。限界を感じながらも止まることは出来ない。少年の放ったナイフで、また一人男が倒れた。

「箱の猫は生きているのか? 箱を開けるには鍵が必要だ。その鍵は一体どこにある? 最初からその鍵を持ってる人間を、信用してもいいのか?」

 少年の言葉は止まらない。智夜は気にしないふりをして再び角を曲がった。


 誘導されて追い詰められたのだと気づいたのは、見たことのない廃れた建物に追い詰められたときだった。元はマンションだったのかエントランスの硝子は割れて悲惨な状況だ。周りは黒い服の男だらけ。使われなくなってだいぶ時間が経った床には埃が積もって、白くなってしまっている。壁の穴から臭う錆びた鉄の臭いが鼻を衝いた。思わず顔が歪む。

 エンジンを止めて片足でバランスを取りながら背後を確認する。黒い服の男たちは人数を増やしながら建物の中に入ってきているようだ。

「行き止まり……」

「めんどくせーなぁ」

 少年はため息を吐いて智夜の背中を叩いた。どうしたのかと声をかけ後ろに立つ少年を見る。彼は先ほどの言葉とは裏腹に無邪気に笑っていた。

「なあ、これ外せよ」

「これ?」

 少年が指差すのは二人の体を支えているベルト。智夜がそれを外すと、少年はまるでステップでも踏んでいるかのように颯爽とキックスクーターから降りた。手の中のナイフをくるりくるりと宙に躍らせる。少年が一歩踏み出すたびに、黒い服の男たちが下がる。

 瞬間、少年は駆け出した。手の中のナイフがまるで生きているかのように男たちを襲う。少年は笑いながら走る。蹴る。斬る。目の前の男の喉を引き裂いて、隣の男の側頭部を蹴り飛ばし、身体を捻って真後ろの男の脇腹を抉る。楽しそうに、無邪気に遊んでいるかのように少年は舞った。一人、二人と彼の前に倒れていく。

 智夜は呆然と見ているしか出来なかった。がくん。腰が抜けて立っていることが出来ない。これが夜の世界。マザーに守られた昼の世界とは違って、誰も助けてくれない、自由な世界。ちらりと、少年がこちらを向いた気がした。けれどその瞳はすぐに男たちに向けられて、智夜のことなど忘れてしまったみたいだった。

 一人の男が少年の華奢な足に蹴飛ばされてこちらに転がってきた。虚ろな瞳には何も映っていない。生きているのか死んでいるのか、智夜には判断できなかった。男の手に握られていた拳銃がごろりと転がる。少年はまだ楽しそうに笑って、こちらを見ていない。真っ黒なそれを手にとってみる。とても重い。長時間片手で持つことは難しそうだ。両手で持って、引き金に指をかける。どくり。心臓が痛い。引き金に乗せた指は重たくて、動かせない。

 照準を一番近くに居る男に合わせる。相手が動くから、そのたびにふらりふらりと腕を動かした。少年が強すぎてこちらには目もくれていない男たち。怖くて怖くてたまらない。この世界では強さだけが存在を主張する方法のような気がして、くらり、と目が眩む。智夜はまだ弱い。ふと男と目が合った気がした。怖くなって、指に力を込める。ぶるぶる震えて、上手く引けない。歯が噛み合わなくてがちがちと音を立てる。


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