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~十月九日~ 5

 ふわりと何か暖かいものが背中に触れた。銃口を握る手のひら。そしてそのまま、智夜の手にした銃は優しく奪われてしまった。

「下がってろ。それはオレの仕事だ」

 いつの間にか真後ろには少年が立っている。背中から覆うようにして智夜の銃を奪い去ったのは彼だった。智夜が驚いて見上げれば獲物を狙う獣のようにぺろりと舌なめずりしてみせた。視線は男たちに向けられていて、とても遠い。

 少年は智夜の手の届かないところに拳銃を放り投げてしまった。綺麗な放物線を描いて飛んでいった先を目で追えば、ごん、と壁にぶつかって床に落ちたのが見えた。拾いに行こうとは思えない。数人残っていた男たちが、じりじりとこちらに迫ってきているのが見える。少年は再び楽しそうに笑って、手にしたナイフを男に投げつけた。それからは、少年の独擅場。


 目の前に広がる赫色。先ほどまで目の前で動いていた人間がこうも簡単に動かなくなるなんて、智夜に信じられなかった。けれどこれが紛れもない現実。少年は転がる男たちから淡々とナイフを回収していく。男たちの身体から赫色が吹き出るたびに少年の瞳が仄暗く光った。智夜は一瞬ぶるりと身体を震わせる。綺麗だとは思えそうにない。

「分かったか? これが自由区だ」

 真っ赤に濡れた少年がこちらを振り返って嗤った。

「これが、夜の世界だ」

 こつり、少年が一歩こちらに近づいてくる。けれど、

「あんたに耐えられるか?」

 怖くはなかった。縦に首を振る。確かに男たちは怖かったけれど、目の前にいる少年は怖くなかった。死ぬのは怖いけれど、人が死ぬのを見るのは怖くなかった。自分は、どこか可笑しいのかもしれない。なんてぼんやりと考える。何も答えないで少し笑った智夜に、少年は戸惑ったように視線を逸らした。それがなんだか可笑しくて、智夜はリュックから予備のタオルを取り出す。綺麗なそれを少年に渡した。受け取った少年はじっとタオルを見たまま動かない。

「顔、拭かないの?」

「汚れるけど……」

「ああ。別に気にしないけど……。じゃ、返さなくていいや」

 少年は今度こそ驚いたように智夜を見た。智夜はじっと少年を見て、それから諦めたようにふっと笑う。今まで楽しそうに殺戮を繰り広げていたのが嘘のようだ。

「助けてくれて、ありがとう」

「別に、仕事だから……」

 ぶっきらぼうに視線を逸らしてタオルで顔を拭く少年。耳まで隠れてしまっていて、どんな顔をしているのかは分からなかった。照れているのか、怒っているのか、笑っているのか。また困った顔をしているのかもしれない。少年がタオルから顔を上げたときには、先ほどの困惑などは全く見られなくて、智夜は少し残念に思う。ふと疑問を口にしてみた。

「もう敵はいないのかな?」

「たぶんな。確証はないけど」

 智夜に手を差し出しながら少年は答えた。その手に摑まってゆっくりと身体を起こす。もう動けるようになっていて、智夜は安心した。ぱんぱんと服を叩いてほこりを落とし、倒れてしまっていたキックスクーターを引き起こす。

「じゃ、行くか」

「うん」

 智夜は頷いて先を歩く少年に続く。ちらりと振り返れば、光のない目でこちらを見る男が目に付いた。伸ばされた右腕が何かを掴もうとしているようですこし悲しい。

「どうかしたか?」

「なんでもない」

 今度こそ振り返らずに少年に続く。少年のパーカーは月明かりの下でも分かるくらい汚れてしまっていた。ここではこんなにも人の命が軽いんだと、ようやく実感した。


***


 ようやく辿り着いた取引場所。キックスクーターを押して寂れた校門から中に入ると、広い校庭の中心にぽつんと人影が見える。二人を待っていたのは南音だった。

「南音さん!」

「よかった。二人とも無事だったんだね」

 南音はにっこりと微笑んで、二人を抱きしめた。少年は嫌そうに身をよじってすぐに腕の中から抜け出そうともがく。南音はすぐに腕を離してしまったので、智夜は少し残念だった。

「危ない目には逢わなかった?」

「少し……」

「すっげー狙われた」

 南音は困ったように笑って二人の頭を順番に撫でる。智夜はリュックの中から黒い箱を取り出し南音に手渡した。黒い箱をしばらく確認したあと、そっとポケットに箱をしまう。

「それ、何なんですか?」

「知らなくていいものだよ」

 南音はにっこり笑ったあと、胸の内ポケットからスマートフォンを取り出した。かちかちと手早くメールを打ち、誰かに何かの指示を発信している。智夜は釈然としないながらも納得するしかなかった。自分の仕事は運ぶこと。その中身を気にしてはいけないのだろう。

「そういえば、二人とも最近何か変わったこととかない?」

「変わったこと?」

「とくにねーよ」

「……そう。ならいいんだ」

 滅多に会わないから、ただの近況報告のつもりだったのか、深くは尋ねてこなかった。少し寂しく思って少年をみると、少年もどこか寂しそうな顔をしていた。南音のことを聞きたいと思ったけれど、質問することは出来そうにない。ふとスマートフォンから顔を上げて南音がこちらを向く。その顔は困ったように笑っていた。

「ごめんね、もう少し話していたかったんだけど」

「さっさと行けよ。仕事だろ」

 少年が不機嫌に返すと南音は困ったように出口に向かっていく。すれ違いざま少年の耳元で「彼女と仲良くね」と囁いていたのに、智夜は気づかないふりをした。最後に「ばいばい」と手を振って、再会の約束はしなかったな、なんてぼんやりと思った。

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