~十月九日~ 3
キックスクーターを押しながら隣に立つ少年を見る。
「あんたさ、夜の街は初めて?」
「はい。昼以外に出歩いたことは無いです。禁止されてましたし、心配症な連れがいるので」
昼間は厳しい規則に縛られているこの街。犯罪の検挙率は十年前に導入された「マザー」のおかげで百パーセントを誇っている。犯罪者への対応には老いも若いも、理由も建前も本能も関係ない。そこには完全なルールだけが存在していて、破った者は確実に逮捕される。怖いことなんて何もないから、みんなが安心して生活していられる。この街はそんな地上の楽園を求め、少しずつそれが完成しつつある場所だった。
「じゃあさ、なんで夜出歩いちゃダメとか、知らないのか?」
「そういえば、そうですね」
確かに、犯罪が起こらない街なら夜出歩いてはいけない理由は無い。学校でそう習ったから? けれど学校で粋がっている彼らも、夜は外に出ないのだろう。夜の街は静か過ぎる。店はどこもシャッターを下ろしているし、ガソリンスタンドですら夕方には営業を終了してしまう。それならば何故、プロローグの仕事は夜なのか。正義の味方だから? そんなまさか。
(わたしの、子どもの知らない、夜の世界……)
疑問にも思わなかった些細なことが、今さらになって心のどこかに疑念を溜めていく。見たくないものを無理やり見せられているような、そんな気分だった。
少年は続けた。ゆっくりと、智夜にも分かるように説明する。この街は昼と夜で別の顔を持っている。昼はマザーに監視された牢獄のような自由の無い街。楽園という名の鳥籠。彼女の監視は厳しくて、誰も逃げることなんて出来ない。そして夜はマザーの監視を逃れ、犯罪者たちが跋扈する自由しかない街。そこではルールも常識も権利も義務も関係ない。奪うか、奪われるか。まさに弱肉強食。少年はちらりと智夜を見て歌うように続けた。
「夜のこの街は自由区だ。夜はマザーの眠る時間。だあれも守っちゃくれないのさ。守られたいなら、大人しくおうちでおねんねしてな」
その言葉に智夜はかちんとくる。まるで「お前には無理だ」と言われた気がした。まだ一人では生きられない子どもなのだと突きつけられたような気がした。けれどそれでは駄目なのだ。守られるだけの時間は卒業しなくてはいけない。激昂して、叫んだ。
「わたしはもう子どもじゃない!」
「そうかいそうかい。それは失礼」
少年はぺろりと舌を出して悪びれた様子も無く答えた。謝るつもりもないのだろう。彼は間違ったことは言っていない。そのことは理解できても、智夜はそれを受け入れられないほど、子どもだった。少年は自分すら嘲笑うように言った。
「ただ、夜の街を歩くのはルール違反の犯罪者だ。オレも、あんたもな」
少年はいつの間に取り出したのか小さなナイフを持っていて、それを路地裏へと投げつけた。瞬間、ぎゃっと悲鳴が聞こえた。男の声だった気がする。けれどそれから後はなんの物音もしない。智夜はぞっとする。見られていたのだろうか。いつから、誰に、どうして? 疑問が渦巻くが、少年は嬉しそうに次のナイフを数本取り出している。くるり、くるりと大道芸のように回して、また一本今度は別の路地に向かって投げた。再び聞こえる断末魔の叫び。
「この箱が、狙われてるわけ?」
「さぁなぁ。それかもしれないし、オレかもしれないし、もしかしたらあんたかもしれない」
それを皮切りにいたるところから黒い服の男たちが飛び出してきた。手には様々な武器を持っている。じりじりと距離を詰めながらこちらに近づいてきた。後ろを見ても横を見ても黒い服の男たち。最初からこの場所で取り囲むつもりだったらしい。楽しそうに嗤う少年が何をしてきたかは知らないが、相手の様子からして箱を狙っているのは間違いないだろう。口々に箱のことを叫んでいる。ついでとばかりに少年の命も狙われているようだが。
「どうする? 運び屋サン」
少年が手にしたナイフを色んな方向に投げながら智夜に問いかけた。男たちをちらりとも見ずに投げられたナイフはどれも急所か足を確実に捉えていて、敵の行動を制限する。けれど男たちも倒れた仲間には目もくれないでじりじりとこちらに距離を詰めてきた。一体何人くらいいるのか智夜には検討もつかなかった。倒れた数を補充するように男たちは路地裏から続々と姿を現す。ぎゅっとハンドルを握り締める。このままでは完全に足手まといだ。




