~十月九日~ 2
待ち合わせに指定されたのは大きな公園の噴水前。夜だから噴水の水は止められてしまっていて、静かに眠っているみたいだ。キックスクーターが倒れてしまわないようにハンドルを固定する。自分は大きな噴水の縁に腰を下ろして足をぶらぶらさせた。
今回の目印は〝眼鏡〟だった。一緒に任務を遂行するのはプロローグのメンバーだが、互いの顔は知らないため指定されたアイテムだけが確認する方法になる。これは相手の顔を知ったあとも変わらないルール。通常、任務は二人以上で行なわれるのが常なので、重要な任務であるのならなおさら、相手が本人である証拠が必要だった。全部施設で習ったこと。その道のプロでもない限り、特殊メイクなんてものを見分けることは難しい。
メールによれば、今回のパートナーは智夜より先に南音に拾われて、彼自身に育てられたらしい。ほんの少しだけその子のことが書いてあった。どれくらいの身長だとか、性別や、どんな人物なのかといった簡単なものだ。相手にも智夜のプロフィールは報告されているのかもしれない。メールは「仲良くしなさい」で締められていた。名前は知らないけれど、どんな人物なのかはすごく興味があった。あの子のように優しい子だろうか。もしかしたら怖い人かもしれない。期待と不安が膨らんで、智夜の心臓はばくばくと鼓動を早めていく。
公園の時計を確認すれば、そろそろ待ち合わせの時間になる。きょろきょろと視線を彷徨わせても、昼間の公園とはまるで違い、辺りには人どころか虫の気配すらない。相手はまだ来ていないのだろう。夜の世界はどこまでも静か過ぎて、智夜の不安を駆り立てて行った。
「あんたが今回のパートナー?」
突然声をかけられたことに驚き、慌てて振り返った。悲鳴を上げなかったのは奇跡に近い。ふと視線を斜め上に向ければ、水の止まった噴水の上から赤い短髪の少年が興味深そうに蒼い瞳をこちらに向けている。少年は紺色のパーカーに黒のスラックスという、どこか近所のゲームセンターや書店にでも出かけそうな格好である。けれどよく見れば相手も眼鏡をかけていた。顔が歪んでいないから、きっと少年も伊達眼鏡なのだろう。
「そうみたいです」
「ふうん。任務の内容は知ってんの?」
「はい。『箱』を南音さんに届けると……」
「そうそう。それで、その『箱』がコレ」
少年が持ち出したのは小さな箱だった。受け取ったそれは立方体で、金属なのか光を反射しているものの、真っ黒な色をしている。そしてとても軽い。手のひらに納まるほどのそれは振ってみても何の音もしない。中には何も入っていないのか、何かが詰まっているのだろうか。それともこれ自体が何かなのかもしれない。首を傾げながらもリュックの中からタオルを取り出し、それに包んで箱をリュックへ。
少年はそれを確認すると一つ頷いて、次は紙を取り出した。四つに折りたたまれているそれはどうやらメモのようだ。次々と取り出される物がどこに収納されているのか智夜にはわからず、まるで手品なようにも見える。差し出された紙を受け取って開く。
「それが取引場所」
書かれていたのはここからそう遠くはない閉鎖された小学校だった。閉鎖されてから約一年といったところか。どこかの小学校と合併して、不要になったその校舎は、蔦がたくさん這っていて、昼間でも幽霊が出そうな空気を醸し出していた。そんなことを思い出しながら、リュックに入れた地図で正確な場所を把握する。
「ここに行けば良いのね?」
「そう。そこに無傷で『箱』を届ければいい」
「あなたも一緒に?」
「オレも一緒に。ま、オレはあんたの護衛だから、あんまり気にすんな」
確認した紙切れは少年に回収され、これまたどこから出したのか、ご丁寧にもライターで火をつけて廃棄される。情報の処理が大切なことは、初仕事の智夜にでも分かる。組織に誇りを持っていた両親も、その日何を運んだなどとはけして口にしたことがなかったから。ゆらゆら揺れる炎が目に痛くて、そっと視線を逸らした。視界の端で紙が真っ黒な灰になって風に流されていった。




