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~十月十日~ 11

 光転。

 目に映るのは、青い空、白い雲。


「流音」

「ん、香丸?」

 どうやら流音は眠ってしまっていたようで、昼休みのチャイムの音にすら気づかなかった。くあっとあくびを溢し、目を擦ったあと、ぐっと身体を伸ばす。硬いコンクリートの上で眠っていたせいか、身体が酷く痛い。バキバキと関節が音を立てた。香丸はそれに苦笑しながら持ってきていたパンを取り出した。流音もそれに倣って鞄を開ける。今日の昼ごはんはコンビニで買ってきたコンビニ弁当だった。最近のマイブームは豚のしょうが焼き丼。

「あれ、みんなまだなのか?」

「ええ。でもそろそろ来るみたいですよ」

 バタンと屋上の扉が開かれて、香丸と流音はそちらに目を向ける。扉を開けて、押さえているのは仙花で、促されるように入ってきたのは弁当を抱えた智夜だった。智夜の体が外に出てから仙花もそれに続き扉を閉める。洗練されたその動きは、まさに従者のようだった。

「よー。今日も弁当?」

「毎日大変ですね」

「そんなことないよ? 料理好きだしね。それに前の日の夜から準備しとくの」

「ボクの分まで毎日ごめんね?」

「これくらいしかできないからいーの」

「オレも食べたい」

「それは絶対に駄目だよ」

「えぇー? なんで仙花が答えるんだよ」

「ごめんね、流音くん」

「別に、あれは本気じゃないから構いませんよ」

「どうして香丸が答えるんだい?」

 二人が定位置についたとき、再び屋上の扉が開かれた。まず先に扉が閉まらないように押さえながら出てきたのは輝火。その手は遊織の腕を引いている。遊織の腕には購買の袋が二人分ぶら下がっていた。いつものことなので、誰も気にしない。

「今日は遅かったな」

「何かありました?」

「俺のクラスの授業がちょっと長引いたんだ」

「待たせてごめんなー」

 二人もいつもの定位置について、他愛のない会話を始める。昼休み独特の喧騒が校舎を支配していた。運動場では誰かが遊んでいて、校舎の中も騒がしい。中庭で昼食を摂る者も見える。屋上には六人しかいないけれど、会話はとても穏やかだった。

「そういえば、国語の授業で習ったんだけど」

「何?」

「〝井の中の蛙、大海を知らず〟って続きがあるんだって」

「ああ、あれ」

「〝されど天の青さを知る〟ですよね?」

「でもそれって、元々あるものじゃなくて、後から誰かが言い出したことらしいぞ」

「え、そうなの?」

 流音はふと空を見上げて、雲の行方を追いかける。流れて行った先には何があるのだろう。無意識に息を止めていた。そっと吐き出して、ゆっくりと吸い込む。ここには仲間たちがいて、本当の自分もいる。授業は面倒だし、サボればマザーからの警告が来る。それに、あの心が焦がれるほどの赫を見ることはできない。けれど、とても穏やかな気分だった。

「次、わたしたちのクラス体育だよ」

「運動場?」

「うん。晴れたからね」

「サッカーやりたいなぁ」

「輝火はボール追いかけるの好きだよな」

「……そうかな?」

「バスケも好きだろ?」

「そうかも」

「身体を動かすのが好きなのではないですか?」

「あ、言えてるかも知れない。ね、流音」

「え、あ、おう」

 一人意識を飛ばしていたから、返事をするのが遅れてしまった。けれどみんなは仕方ないな、なんて笑う。それが、いつものことになっていた。どうしようもなく嬉しく思えた。夜の街にはない、静かな時間。この時間が大切だけれど、自由区を嫌いになることはどうしても出来ない。今の自分では、何故かは分からないけれど。


「幸せ、か」

 無意識に、呟いた。


***


 流音はそっと目を開けた。夢見はけしていいものではなかったのだろう。ほとんど憶えてはいないけれど。しかしそんな気分とは裏腹に、頭はすっきりとしていて気分もいくらかましだった。ぐっと身体を伸ばしてみれば凝った背中がバキバキと音を立てる。時計を見ればそろそろ学校に行く用意を始める時間。けれど目覚まし時計はまだ鳴っていない。休日だからと本格的に寝てしまったようだ。身体はすっきりとしているが、何だかもったいない気分に襲われた。のろのろと布団から起き上がり、洗面台へと足を向ける。

 顔を洗って鏡を見れば、まず初めに映りこんでくるのは、大嫌いなハハオヤと良く似た顔に、大嫌いなチチオヤと同じ色の髪の毛。瞳の色は少し違った気もするけれど、一体誰の色だろうか。これから任務なら染めていくのにと大きくため息を吐いた。マザーは授業をサボっても警告で済ませてくれるのに、生活指導の先生は髪の色すら見逃してくれない。「地毛が派手なのは仕方ないけれど、これ以上派手にするな」と叱られたことを思い出す。身体を大切にしろとも言われた。あんな大人は嫌いじゃない。

 朝食は食パンにした。なんだかとても気分が良かったから、目玉焼きもつけた。買い置きしていたインスタントのコーンポタージュもつけてみる。野菜が苦手な性格が災いしてサラダはなかったから、香丸が置いていった野菜ジュースを飲むことにする。

(夜は和食にしよう)

 全て片付けたあと、歯を磨いて、教科書を確認する。制服に着替えながら、ふと手を止めて昨日までの五日間のことを思い出す。仲間に訊いた質問はとてもシンプルなものだったけれど、だからこそみんなシンプルな回答だった。何のために罪を犯し続けるのか。なぜ繰り返すのか。

「生きるため、か」

 誰かが殺してくれるならと縋ったりもしたけれど、もしかしたら、もう少しだけ生きてみるのもいいかもしれない。ぐるぐると悩んでいた自分が、少しバカらしく思えるようになった。自分は生きるために、ここにいる。

 昨日は流音の誕生日。器用貧乏な南音のプレセントは、今年もちゃんと届いていた。流音は微笑んで、マンションの扉を開けた。


 なんでもない日常の、なんでもない生活。

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