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〇.五【続・ある日常の情景】~十月某日~

 やっと十月に入ったからだろうか、朝と夜は少しずつ寒くなり、昼間もうっすらと秋の気配を纏い始めた。天気予報もそろそろ秋を告げている。相変わらずじんわり暑い日もあるが、ほとんどの生徒がカーディガンを羽織っている。校舎には、授業中特有の静寂が流れていた。



 晴れた空を見上げ、金色の髪の少年・流音は息を吐き出した。それが感嘆からなのか、あるいは落胆からなのか、知るのは彼自身しかいない。整った顔立ちを嫌そうに歪めてカーディガンの前をすり合わせ、ぶるりと身体を震わせた。風が冷気を纏っていて寒く感じる。しかしそれも一瞬のことだったのか、すぐに手を離した。再びだらりと腕を投げ出す。

 流音はフェンスに預けた身体を動かさず首から上だけを隣に立つ少年に向けた。彼の蒼い瞳が捉えた黒髪の少年・香丸は、誰の目から見ても奇妙な格好だった。朝晩の冷え込みも厳しくなってきたというのに、上はカッターシャツに下が透けないようタンクトップを着ているだけ。腕まくりまでされれば見ている方が寒くなる。黒く長い髪は首元できっちり結われて寒々しい。

 視線に気づいた香丸は流音に問いかける。

「なんですか?」

「寒くねーの?」

「はい」

「ふーん」

 向けていた視線を反らして、流音は再び息を吐き出す。今度のそれは明らかなため息だった。香丸が何か尋ねようと口を開く。流音は不機嫌な表情でそれを見た。香丸は考えあぐねたように口を閉ざし、じっと流音を見る。その顔には何の表情も浮かんでいない。沈黙。にらみ合うように交わされた視線を先に逸らしたのは香丸の方だった。

「あなたが」

 再び香丸が口を開く。けれどそれは授業の終了を知らせるチャイムの音色に掻き消されてしまい、再び口を閉じた。そして香丸は、言葉を紡ぐ代わりとばかりに空気を吐いた。流音はそれを見て堪えきれなかったように、声を上げてただ笑った。



 ばたばたと足音が響く。走っているのは飴色の髪を二つに結い、ふわふわと揺らす少女・智夜。紺色に赤いチェックの入ったスカートを翻し、桃色のカーディガンを身に纏った彼女は、手に弁当の袋を抱えて、上に続く階段に足をかける。天気がいいから、屋外で昼食を摂るつもりなのだろう。しかし数段上ったところで、後ろから声をかけられた。

「今から屋上?」

「うん。そっちは?」

「ボクも今から」

 声をかけた銀色の髪の少女・仙花は緑の瞳を愛しげに細めている。茶色いカーディガンを身に纏った姿は見事に学校へと溶け込んでいた。仙花の手にも弁当を入れた袋が握られている。智夜も焦げ茶色の瞳を嬉しそうに細めて仙花に抱きついた。事も無げにそれを受け止めて、飴色の髪を優しく撫でる。いつものことなのか、その手つきは慣れたものだった。

 しばらくしてから智夜は身体を離し、片方の手を差し出した。仙花はその手を取ると、ゆっくりと階段を登り出す。二人分の足音と笑い声が階段に響いていた。



 購買部でお気に入りのパンを手にいれた栗毛の少女・輝火は、朱い瞳をきらきらさせて、上機嫌に笑っている。寒くなったからか、紺色のカーディガンを羽織っている。首には紫色の皮の首輪がつけられており、角度によってきらきらと光った。使い古されているのだろうか、首輪にはところどころ傷が見える。輝火は目の前に立つ青年を見上げ楽しそうに報告した。

「いつものあったよ」

「よかったな」

 黒い短髪に紫色をした瞳の青年・遊織は、輝火を優しく撫でてからパンを受け取る。輝火にとってそれは当然のことなのだろう、素直に差し出し、パンを持つ腕に自らのそれを絡める。輝火に合わせたのだろう歩幅で二人はゆっくりと歩き出した。小柄な輝火は遊織を見上げてさらに言葉を募らせていく。

「それに、今日は煮卵クロワッサンサンドをゲットできたんだ!」

「……よかったね」

 嬉しくて堪らないというように声を殺して笑い出した輝火。遊織はくすりと笑ってその頭を撫でた。輝火はごろごろと喉を鳴らすようにその手に頭を擦り付けたあと、遊織の腕を引いて走り出す。遊織は困ったように笑って後に続いた。



「幸せ、か」

 登ってくる足音に気づいて、静かに笑ったのは誰だろう。


 なんでもない日常の、なんでもない毎日


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