~十月十日~ 8
十二年前のあの日、流音は本当に血の繋がった大人たちと一緒に暮らしていた。
流音によく似た顔のハハオヤと、流音と同じ色をしたチチオヤ。彼らは流音を愛してはくれなかった。流音も彼らを愛してはいなかった。
「なんでこんな子産んだのかしら、」
(ならうまなければヨカッタノニ)
「育てるつもりなんてなかったのに」
(そだてるってナニ?)
「おいおい、まだ遊ばせてくれよ?」
(もう、シナセテヨ)
繰り返される暴力。謂れのない暴言。食事は与えられず、ゴミ溜めを漁る毎日。水ですら、近所の公園で確保する。治安が良くないと知りながら、彼らは平気で流音を外に放置した。家に帰ってくるのは親が呼んだときだけ。酷い時は寝る場所ですら確保できない日が続いた。死にたいと思うくせに、生きたいと心が叫ぶから、もう少し、もう少しなんて生き延びようと足掻く。そうしているうちに、生きることも死ぬことも分からなくなっていった。
大人は信用してはいけない。血の繋がったオヤでさえ流音を厭うのだ。赤の他人なんて信じてはいけない。それが流音の信条だった。誰のものであっても盗むし、幸せなら壊してやりたいと思う。失敗すれば地獄。ルールなんか存在しない自由区だ。親に捨てられて野垂れ死んでいる子どもをみた。こんな風になりたくないと思った。命乞いをしながら殺されていく大人を見た。あんな風にはなりたくないと思った。人を殺したことはないけれど、弱さを見せたらおしまいだから、外を歩くときは、自然と、拾った鋏を服の下に隠すようになった。そうすればほんの少しだけ自分が強くなれた気がした。
優しく声をかけてくる大人がいた。流音は可愛らしい顔つきだったから、綺麗にすれば商品になると思ったのだろう。着飾った女は厭らしく笑っていた。だから流音は女に見てほしいものがあると、路地裏に連れ込んだ。きらきら光って綺麗だから、なんて嘯いて。そして知らない男に売った。男は喜んで女を連れて行った。その後どうなったかなんて興味はない。
優しく声をかけてくる大人がいた。流音の持っている金がほしかったのだろう。男は厭らしく笑っていた。だから流音は、奥にもっと素敵なものがあると男を路地裏に連れ込んだ。もっとたくさん色々なものを持っている、なんて嘯いて。そして持っていた鋏で男の足を刺した。男は悲鳴を上げて倒れこんで、気絶した。弱い奴だと笑って身包みを剥いでやった。
そんな風に稼いだ金は、オヤが全部持っていった。
ある日のこと、流音が家に帰ると、オヤは揃って彼を殴った。特にチチオヤの方は流音の髪の色が自らと同じであることが相当気に入らないらしい。それはチチオヤの自慢の一つだったから、見るたびにイライラしていたのだという。流音はその日も大人しく殴られていた。
「なんでこんな屑が俺と同じ色なんだよ」
小さな身体は吹っ飛ばされて、柱に頭をぶつけてしまった。ぐわんぐわんと揺れる視界。気を失うことだけはしてはいけないと、必死で意識を保つ。服の下の鋏を彼らに向けたことは一度もなかった。彼らを信じていたわけじゃない。ただ、どうしようもなく怖かったのだ。抗えば抗うほどに刻み付けられた傷は、彼らに反抗することを許さなかった。
「ね、ちょっとさ、遊んでやりなよ」
「そうだな。チチオヤだし?」
チチオヤは笑いながらどこかへ向かっていった。ハハオヤが、吸っていたタバコの煙を流音に吹きかける。げほげほと咽れば、ハハオヤは手を叩いて喜んだ。タバコが流音の目に近づけられる。火のついた先がどうしようもなく熱く感じた。恐怖で目を閉じることさえ出来ない。あとほんの少しで目に触れるというとき、チチオヤが戻ってきた。
「お・待・た・せ」
「もう、早いよー」
ハハオヤは突然女のように媚びてチチオヤの方に向かっていった。助かったと安心したのもつかの間、チチオヤの手の中に、きらりと光るものを見つける。それは街ではとても見慣れたもの。フォールディングナイフだった。折りたたみの部分をぱちぱち鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。逃げようと身体が動く。立ち上がって、チチオヤの横を走りぬけようとした。けれど一瞬早くチチオヤが流音を捕まえ、柱に押さえつける。
「おら、いい子だろ? 大人しくしろよ」
すっと刃が流音の頬に向けられた。怖くなって目を閉じる。ハハオヤは笑って見ていた。すっと刃が下に降ろされ、布を引き裂く音がした。流音が驚いて目を開けると、着ていたTシャツが引き裂かれていた。ひたりと心臓に先端を向けられる。
「遊んでやるからさ」
チチオヤが笑ってナイフを振り上げた瞬間、流音は全力で体当たりした。
(逃げなきゃ、殺される)
流音は恐怖で逃げ、チチオヤは笑いながら追いかけ、ハハオヤはただ笑って見ていた。何が楽しいのだろう。流音には二人のことが理解できない。強者の優越なのだろう。流音が金に換えた大人たちも、きっとこんな気分だった。大人は汚い。罪悪感なんて抱かなかった。
「痛くねぇって。なぁ?」
「そうよぉ。たぶん死なないから大丈夫」
二人とも狂ってる。そう思った。けれど、二人から産まれた自分も、きっと狂ってる。




