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~十月七日~ 5

 一際立派な部屋に差し掛かり、ふと違和感を覚えた。「開けるのか」とどことなく焦った様子の少年を無視してその扉を開く。開けた先はどうやら書斎だったらしく、本がたくさんあった。本棚の数は四つ。様々な種類の本が綺麗に納められている。整理された本に圧迫感を感じるが、異様なものがそこにあった。窓際の立派な椅子に座ったまま、一人の老人が事切れている。左目が綺麗に撃ち抜かれた死体は、死後硬直すら終わって腐敗が始まっていた。

「ねえ、これ、キミタチだよね?」

 仙花はくるりと振り返って少年に尋ねた。少年は仙花と視線を合わせない。一日ではここまで腐敗臭はしないはずだから、少なくとも二日は前ということになる。屋敷の主人が既に死んでいるのなら、男たちの目的は不明だが、生き残りがいたところでしばらく戻っては来ないだろう。雇ったのが屋敷の主人だとして、そんなリスクを犯すほど忠誠心の厚い犯罪者はいない。仮に第三勢力だとしても仙花と少年がいる限り、態勢を整えてから襲ってくるはずだ。

 少年はこちらをちらちらとうかがいながら、申し訳なさそうにしている。黙っていたのは明白。それだけで十分だった。仙花は少し長いため息を吐くと奥へ進んでいく。少年は焦ったように仙花の後ろを追いかけてきた。

「お、怒った?」

「別に」

「じゃ、どこへ向かっていらっしゃるのでしょう?」

 少年は怯えながらこちらを見ている。その様子に内心呆れながらも、しばらく許すつもりは無かった。仕事に関して隠し事をされるのは仕方の無いことだと思う。けれど大事な情報まで隠されてしまえば、無駄な時間が過ぎるだけだ。そんな時間があるのなら、仙花は少女のことを考えることに使いたい。今回は完全に少年の失態だった。

 黙って付いて来いとばかりに少年を睨み付けて、仙花は進んでいく。イライラとした感情は止まらない。少年はビクビクとしながら続いていく。廊下の突き当たりまで来て高そうな壷を叩き割った。大きな音を立てて床に散らばる。元の形が分からないくらい粉々に砕いてやって先ほどまで壷が飾られていた棚の後ろの壁に目を向ける。よく見なければわからないほどうっすらと線が入っていて、仙花は凶悪な笑みを浮かべた。

 間違いなく隠し扉。見つけた隙間を鉄パイプでガツンと殴る。それでも壊れない扉に苛立ちを隠せず、少し距離をとって、普段は滅多に使わない手榴弾のピンを抜いて扉に投げつける。派手な音を立てて壊れた扉の残骸を踏み越えれば、そこには地下へ続く階段があった。呆然と見ていた少年が慌てて仙花の腕を引く。

「どうするつもりだよ」

「任務内容は?」

「全滅だろ」

「そう。他は何を壊してもいいんだよ」

 仙花はにっこりと笑って逆に少年の手を引いた。ゆっくりと下りていく。現れたのは屋敷のメインシステム。大きなコンピュータは電気を吸い上げて、唸りを上げている。おそらくセキュリティから電気やガス、水道まで生活の全てを管理しているのだろう。機能に見合うように、とてつもなく大きい。それを見た瞬間に仙花は鉄パイプを振り上げた。

「ちょ、なにす」

 少年の制止を右から左に流してそれを振り下ろした。ガツンと嫌な音がして、ビーッビーッとアラーム音。それに真っ赤なランプが回る。画面にはセキュリティシステムのエラーが表示されていた。もう一度、今度は上から下に振り下ろした。ばちばちと大きな音を立ててコンピュータは完全に沈黙した。これでもう、この屋敷のシステムは全て死んだはずだ。仙花は満足げに頷くと、階段を上っていく。少年は呆れた表情で仙花の後ろに続いて行った。

「あとで南音さんに謝っといてね」

「え、オレが?」

「うん、怒られるのは嫌だからね」

 仙花はくすりと笑って屋敷を出て行った。


***


 少年が通話で南音に直接報告しているのを聞きつつ、並んで歩く。集合場所であった十字路に差し掛かると、そこでちょうど連絡が終わったらしくぱちりと閉じてぎろりと仙花を睨んだ。仙花はにっこりと笑ってみせる。どうやら南音はきちんと説明してくれたらしい。

「全部壊していいんだって?」

「そう言ったよね? それにそっちだって黙ってたんだし、お相子でしょ」

 情報を全て開示しろという訳ではないけれど、もう十一年も一緒に仕事をしてきたのだから、もう少しくらい信頼してくれてもいいと仙花は思っているのだ。厄介なことに、彼は黙って抱え込む癖がある。だから今回はお灸を据える程度の気持ちで黙っていた。ただそれだけのこと。焦る彼が面白かったので、もう一度くらいはやってみてもいいかもしれない。

 少年はぐっと黙って視線を外した。不機嫌だけれど、自分が悪いのは分かっているようだ。どことなくばつが悪そうにも見える。仙花はくすくすと笑ってその頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。こびりついた赫が乾いてきていて、ばりばりと剥がれていく。

「もう少し信頼してくれてもいいんじゃない?」

「信用も信頼もしてるよ」

「じゃあ、どうして?」

 昔は三人で、何だって話し合っていた気がするのに、いつの間にか二人は遠くに行ってしまったような、そんな寂しさを仙花は感じていた。性別の違いだとか、生きてきた時間の違いだとかで片付けられるほど、ちっぽけな絆ではなかったはずなのに。

「ボクは、これからも二人が大好きだよ」

「……うん」

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